花のない花屋

天国に、かなわぬプロポーズの花束を アルコール依存症に苦しんだ夫へ

全国農業協同組合連合会(全農)では、新型コロナウイルスによる大きな影響を受けた花の生産者を支援する取り組みを行っています。その一環として、連載「花のない花屋」にご協力いただきました。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

宮内洋子さん(仮名) 55歳 女性
愛知県在住
会社員

     ◇

夢の中の彼は、我が家のリビングでニコニコして立っていました。

「元気そうでよかった。でも私と一緒にいると、あなたはまたお酒を飲んでしまう。ここにいてはだめですよ」

私がそう声を掛けると、彼は小さくうなずいて、スーッと消えていきました。

離婚して、彼が家を出てから1年ちょっと。あとで聞いた話では、彼がアルコール依存症による肝炎で49歳という若さで亡くなったのは、ちょうどその夢を見た頃のことだったそうです。

彼とは職場の同僚として出会いました。気が弱いけれど、とにかく優しい彼に惹(ひ)かれ、結婚。かわいい娘にも恵まれ、幸せな日々を過ごしていました。

ただひとつ、心配の種だったのが、彼が大量に飲んでいたお酒です。

その不安が現実のものとなるのは、娘が中学生になったころ。技術職から慣れないデスクワークに異動したことによる仕事のストレスも大きかったのでしょう。彼はますます酒量を増やし、気がついたころには毎日の晩酌で10本もの缶ビールを空けるようになっていました。 

同じころ、娘の登校拒否などにも悩まされていた私には、アルコールに依存する彼の苦悩を理解して、じっくり解決していこうという余裕がありませんでした。
 
病院で治療を始めたものの、家に帰ってくればまた、同じように酒を飲む日々。その後「会社を辞めていい?」と相談されたときも、「仕事まで失うと、あなたは本当にだめになってしまう」と説得しました。

かつて同僚だったことから職場には知り合いも多く、彼の上司に、私から異動について相談に行くなど保護者のようにふるまっていたことも、彼にさらなるプレッシャーを与えていたのかもしれません。

そんなとき、会社で大規模なリストラが断行されたことをきっかけに、私への相談もなしに自主退職してしまいました。彼は1日中お酒を飲むようになり、私が仕事から帰ってくると、目を真っ赤にして酔っていることもたびたびでした。

彼がお酒をやめられないのは甘えのせいだと思い込み、許せないという感情。そして私という甘えられる存在がいるから、お酒を止められないのだという罪悪感のような思い。その両方から「一度離れなければ」と、まもなく離婚を決意しました。

私が気持ちを告げると、彼は酔っていたのか反論もせず「わかった」と言って家を出ていきました。とはいえ、寂しがりやな彼のこと。すぐに溺愛(できあい)している娘と私の元に戻ってくるはずと思っていました。

でも見通しが甘かったのは私の方でした。彼は実家で生活しながら、依存症の治療をしているはずでした。ところが実家だと飲めないからなのか、仕事に就くためだったのか……。結局は我が家の近くで一人暮らしを始め、半年ほどでアルコール性肝炎が原因で亡くなりました。

離婚してまもなく10年になる今でも、日々自問自答しています。なぜ、彼の苦しみをわかってあげられなかったのかと。彼の上に立つ存在だと勘違いして、優しい気持ちで接することができなかった自分を、心から悔やんでいます。

そんな彼からは生前に2度、花束を贈られました。記念日や誕生日でもないのに、ふらりと買ってきたその花束は、どちらもチューリップの花束でした。

彼が亡くなってから、私のなかでさまざまなものが変わりました。少しでも償いになればと、誰にでも思いやりを持つことを心がけるようにもなりました。そして天国にいる彼に、謝りたい。「ちゃんとあなたを見ていなかった私を許してください」と。チューリップをメインに、あらためて愛を伝える“かなわないプロポーズ”にふさわしい花束をお願いします。

花のない花屋

≪花材≫チューリップ、マトリカリア、フリージア、スカビオサ、セダム、ニゲラ、アゲラタム、ブバルディア、グリーンベル、ヒバ

花束を作った東さんのコメント

真ん中が、まだつぼみの状態のチューリップ。周りは白とグリーンで、小花をちりばめ花畑のようなイメージで作りました。チューリップのつぼみはこれからふっくら開いていくので、花束の変化を楽しんでいただけます。周りにはフリージアのつぼみも入っており、咲いてくると香りも楽しめます。花々を包むグリーンは、深い緑色のヒバを使いました。
投稿に、元夫の彼が亡くなってから、自分の中で変化があり、人に優しくするようになった、とのコメントがありましたので、全体的に落ち着いた色合いでかつ優しい雰囲気にしあげました。チューリップは、これからどんどん光の差す上へ上へと伸びていきます。償いの気持ちが、天国にいる彼まで届きますように。

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花のない花屋

(文・福光恵 写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

天国に、かなわぬプロポーズの花束を アルコール依存症に苦しんだ夫へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


性別すら意味を持たない、大好きな家族。3人で重ねる月日をこれからも

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