ランウェーショーをあえて開いた日本ブランドの心意気
文: 上間常正
もう100年以上も続いていたファッションの新作発表の仕方が、今年、大きく変わってしまった。できた服を観客がいる会場でモデルが着て歩いて、初めて完成すると考えられてきた。しかし今回の新作(来年の春夏シーズン用)では、新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため、ランウェーショーを開いたブランドはかなり減ってしまった。
そんな中で、東京発のコムデギャルソン、ノワール・ケイ・ニノミヤ、ヨウジヤマモト、サカイのショーは特筆すべき内容だった。

コムデギャルソン2021年春夏コレクション
コムデギャルソンは、本拠地である東京・南青山のビルの広い会場で、小規模なショーを開いた。残念ながらショーを見ることはできなかったが、たっぷりと間隔をとった少ない観客席、開け放した窓、とコロナへの対策も抜かりなかったという。
新作のテーマは「不協和音」で、装飾のモチーフや素材の質感などで相反する要素を掛け合わせて強い力を生み出す、との狙いのようだ。
映像などで見ると、ミッキーマウスのようなアニメ柄などとオートクチュールのようなエンパイアドレス、凝った生地が複雑に絡み合い、その上にポリウレタンの透けた生地が重ねられている。会場は赤っぽい色で灯されていて、どこか魔界を思わせるような不快なノイズが終始流れていた。

コムデギャルソン2021年春夏コレクション
登場した服は、どれもコムデギャルソンのこれまでのスタイルの反復のように思える。しかし、そのどれもが違って見える。デザイナーの川久保玲にとっては、その違いとはAとBとの違いという見かけ上の違いではなくて、違い(差異)そのものが持つ力強さなのだと思う。たとえば、「ああ、この黒はコムデギャルソンの黒なのだ」と、他のデザイナーの黒と比べるまでもなく感じてしまうような。
ノワール・ケイ・ニノミヤ(二宮啓)も都内でミニショーを開催。前シーズンの真っ赤から打って変わり、今回は淡いベビーピンクが主流で、繊細なチュールやふんわりしたアクリルのビーズなどを施した「明るくハッピーな気持ちが前に行くものをイメージした」という。二宮の場合は作風がいつも前回と違うのが特色だが、だからこそ、逆に一貫した服作りの姿勢の強さが伝わってくる。

ノワール・ケイ・ニノミヤ2021年春夏コレクション
ヨウジヤマモトがパリで開いたショーも、圧巻といえる内容だった。パリ中心部のオテル・ド・ヴィル(パリ市庁舎)で開いたショーをデジタルで配信した。天井の高いところから釣り下がるシャンデリアの輝きとは対照的なほの暗いあかりの中を、洗練された優美なクチュールラインのドレスが幻のようにたゆたう。しかしよく見ると、ドレスの裂け目からスカートを膨らませていたクリノリンが飛び出していてぎょっとさせられる。
世界でも最高峰といえるクチュール仕立ての技術と、そんな裂け目を組み合わせるのは山本耀司のお得意なやり方だが、今回はそれがひときわ強く見る目に迫ってくる。

ヨウジヤマモト2021年春夏コレクション
山本は今回、東京よりは感染者がずっと多いパリで、コロナなどには屈しない心意気で立ち向かったのではないか。そうした反抗心が、いま地球の資源や環境がとっくに限界を超えているのに問題を先送りにし、自分たちの世代はなんとか逃げ切れるのではと首をすくめて生きている者たちへの怒りへと向けられたのではないかと感じる。
結果的には、山本も含めてスタッフはだれもコロナに感染しないで、全員無事に帰国できたという。こんな世界第一級のデザイナーをまだ失うわけにはいかないのだ。
今のまま人類が生きようとするなら、地球が三つあってもまだ足りないほど資源が必要だそうだ。そのためには、いまの世界人口が3分の1になってしまうような恐ろしい疫病か戦争が起きるしかないとも言われている。たとえば山本は、父親が終戦直前に召集令状で駆り出されて死んだ。そんな理不尽さを強いた国家への強い嫌悪感が、反抗精神の底にあるのだと思う。川久保も山本も、とりわけ戦争への不安が知らぬ間に高まっていて、それを座視していることへの強い反発が、新作への強い意欲をかき立てているのではないだろうか。
サカイ(阿部千登勢)は神奈川県小田原市のアート施設「江之浦測候所」の広い庭で、約40人のモデルを起用した本格的なショーを開いた。

サカイ2021年春夏コレクション
サカイといえば日常着を装飾などでおしゃれに仕立てるのが本来の手法。しかし今回は、いつになくシンプルだがそれでも明るく甘い気分をなんとか表現しようとの思いがこめられていた。