このパンがすごい!

パンの器にカスタードたっぷり。熟練の“菓子屋のクリーム”に、目頭が熱くなる/オクトーブル

日仏の名パティスリーで修行したシェフが作る「クリームパン」。オープンクリームパンと呼ぶべきか、グローブ型でなく、パンの器にカスタードをなみなみたたえる。その水面には、バニラの黒い点々が、なんとゴージャスに、満天の星のようにまたたいている。

「オープン」であるがゆえに、かじりつけば幸福の滴がどっと押し寄せる。上の口腔(こうこう)に、クリームがダイレクトに接触。しかも、パンは極薄だから、バニラ、卵、ミルクの風味をひりつくほど感じることができる。熱いものがこみあげてくるほどの感動をもって。

パンよりもむしろ「クリームを食べてください」と神田智興シェフは言う。カスタードクリームが「クレームパティシエール」(菓子屋のクリーム)と呼ばれるように、そこに菓子職人の仕事の粋が詰まっているのだ。

「味は濃いめ。火をしっかり入れるのがフランス菓子です」

パンの器にカスタードたっぷり。熟練の“菓子屋のクリーム”に、目頭が熱くなる/オクトーブル

クリームパン

オープンであるゆえに、菓子屋の仕事が見えている。クリーム色よりもっと黄みを帯びた辛子色は、長く炊きつづけて強めに火を入れた証拠。そして、渦を巻くように一回転してクリームを搾った“筆跡”がサインのように残されているのは、クリームの濃度を巧みに調整しているから。その濃度によって、パンが収縮するのを抑え、うつくしい円形を保つ。

三軒茶屋の裏路地に潜むパティスリー。ガラスケースの中の繊細なケーキとともに、庶民的なクリームパン、あんぱんが並べられるのを見ると、店の敷居もぐっと下がるというもの。ハイレベルな仕事をこれ見よがしに誇らず、むしろアットホームに迎え入れてくれる。

パンの器にカスタードたっぷり。熟練の“菓子屋のクリーム”に、目頭が熱くなる/オクトーブル

陳列棚の中のケーキ

経歴を聞けば、驚くような店名が並ぶ。「ルコント」を振り出しに、日本で4店舗。パリでは、『フィガロ』誌の名物企画であるクロワッサンランキングで1位に輝いた「ローラン・デュシェーヌ」にはじまり、「ジェラール・ミュロ」「ピエール・エルメ」。それらの厨房(ちゅうぼう)でクロワッサンやブリオッシュにたずさわり、それぞれ異なるアプローチで作られるのを目の当たりにした。エルメのブリオッシュには特に衝撃を受けたという。レシピには、ミキシング何分、発酵何時間と時間で書き込まれるのが普通だが、そうではなかった。

「レーザー温度計で生地温をはかり、ミキサーから取りだすタイミングや、発酵を終えるタイミングが温度で決められていました」

それで、夏でも冬でも、寸分たがわず同じ形のブリオッシュが焼きあがる。科学的かつ合理的な思考が徹底されているのだ。

パンの器にカスタードたっぷり。熟練の“菓子屋のクリーム”に、目頭が熱くなる/オクトーブル

クロワッサン・アラクレーム

神田さんが作る「クロワッサン」は「いちばんおいしかった」というルコントのレシピを基にしている。極めてエアリー。そして、ちゅるりとバターがとろけるように感じるほど、風味が生々しい。低温に管理されたパイルームで、溶かすことなくバターが折り込まれるからこそのフレッシュさ。

鏡かと思うような、うつくしい円形の飴(あめ)が張りついた「クイニーアマン」。上記したクロワッサン生地で作られる。飴が、クロワッサンが、ばりばりと爆裂、歯から骨伝導して脳天まで響き渡る。飴の甘さによって、バターのミルキーさはより増し、クロワッサンの塩気と相まって甘じょっぱさの快楽へと上り詰める。

菓子パンの中に置かれた「ショソン・オ・ポム」(アップルパイ)は、かえって居心地がよさそうだった。超さっくさっく、歯に蹂躙(じゅうりん)されるか弱いパイ生地。中から、ひんやりしたりんごの潤いが、麦の香ばしさと乾きでいっぱいになった口の中に快く浸透。甘酸っぱさが香り高く走り抜ける。

パンの器にカスタードたっぷり。熟練の“菓子屋のクリーム”に、目頭が熱くなる/オクトーブル

ショソン・オ・ポム

「パリのお菓子屋さんには、ショソン・オ・ポムが山のように積んである。本当に魅力的な光景でした。お店って、自分がこの仕事をやりはじめてから現時点までの道のりの表現。僕がずっといっしょに歩いてきたお菓子がここに並んでいるわけです」

神田さんは自分の店を「三茶の生活の一部にしたい」と言う。たしかに、パリの「パティスリー・ブーランジェリー」は、晴れの場所であると同時に、日常のお菓子を買いにくる場所でもある。三茶には三茶の表現が必要だ。逆説的だが、純日本的なクリームパンが置かれることで、オクトーブルは極めてフランス的なのである。
 

オクトーブル
東京都世田谷区太子堂3-23-9
03-3421-7979
10:00~19:00
火曜休

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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