上間常正 @モード

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

今年のファッション界は新型コロナウイルスの影響で、歴史的ともいえる大きな曲がり角に直面していることが明らかになった年だった。そして、100年以上も前からずっと続いていた形には、もう戻れないことが分かってしまった年でもあった。

トップクラスのモード誌や専門紙、各国の主要日刊紙、そしてセレブや上顧客たち。ファッションの新作発表といえば、そんな限られた客を招いてのランウェーショーというのが決まりだった。客たちは長い経験に裏打ちされた確かな目でどの服が売れるかを判断し、それぞれのメディアや交友関係を通してショーの内容が伝えられ、一般にも広まる仕組みになっていた。

様変わりした新作発表

ところが今年は、新型コロナウイルスの感染が世界的に広がり出してすぐから、新作発表の様子がそれまでとは大幅に様変わりしてしまった。2月の2020年秋冬コレクションでは、ほとんどのブランドがランウェーショーは何とか開いたものの、多くのデザイナーたちが、毎シーズン決まった時期に一斉に新作発表することへの疑問を表明し始めた。

本来は耐久品であるはずの服が、毎シーズン新作が一斉に発表されることで結果的には大量生産・消費につながってきたことへの自問と反省。また、そうした仕組みが服に限らず近・現代の男性優位の産業社会のあり方を反映しているのではないか、との女性デザイナーらからのフェミニズム的立場からの異議も目立った。

もう一つの大きな変化は、今年夏以降の新作コレクションは、デジタルでの発表が主流になったことだ。コロナ感染を避けるためにほんの少数の観客を招いてショーを開くブランドもあったが、その様子が世界に向けてネットで配信された。特に、ショーを開かなかったブランドは、著名な映像作家らとコラボしてブランドの歴史や新作の狙いについての物語を美しい映像で語るという新しい表現を見せた。

たとえばグッチは11月、デザイナーのアレッサンドロ・ミケーレと映画監督が共同して作った7作の短編映画を、ちょうど1週間続けてネットで発表した。長いものでも20分くらいだが、さりげなく美しい映像を通してデザイナーのエコロジーやジェンダーレス、サステイナビリティ(持続可能性)などへの意識が感じとれた。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

グッチの新作コレクション (Creative Director: Alessandro Michele / Art Director: Christopher Simmonds / Photographer: Gus Van Sant / Hair stylist: Alexandra Brownsell / Make Up: Thomas De Kluyver)

またクリスチャン・ディオールは7月のパリ・オートクチュールで、ディオールでは初の女性デザイナー、マリア・グラツィア・キウリが就任以来強く主張してきたフェミニズムの主張を寓意(ぐうい)的に表現した幻想的な映像をネットで配信した。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

クリスチャン・ディオール21年秋冬オートクチュール

今年からデザイナーのミウッチャ・プラダとベルギー出身の人気デザイナー、ラフ・シモンズが共同デザインするプラダは、ショーを開いた後で映像発信に対する世界中のファンからの質問にミウッチャとラフが対話しながら答えた映像をやはりネットで配信した。これまではインタビュー嫌いで言葉によって作品を語ることがあまりなかった2人の丁寧な話しぶりが印象的で心に残った。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

プラダ2021年春夏コレクション

そうした中で前回のこのコラムでも紹介した、東京とパリでそれぞれランウェーショーをこれまでと同じ形で開いたコムデギャルソンとヨウジヤマモトは、保守的な立場とは全く違う前衛的な立場を力に満ちた手法で表現するものだった。朝日新聞の単独インタビューでデザイナーの川久保玲は「コロナで生活が制限され、前に進もうという気が薄れてきている。……耐えて、先を見て挑戦をしなければ」。そして「デジタルでは半分も伝わらないと思う。服の力や作った人の労力とか空気感や臨場感……。色んなことが混じり合いますから」と語っている。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

コムデギャルソン(左)とヨウジヤマモト(右) ともに2021年春夏コレクション

また今年は、経営不振でアパレル企業や販売店の倒産や再編が続出した年でもあった。かつて売り上げ世界一を誇ったレナウンが11月に破産手続きに入り、海外でも老舗ブランドのブルックスブラザーズが経営破綻(はたん)、ティファニーのLVMHへの経営統合も決着した。特にレナウンなど広い意味で中級ブランドの失墜は、グローバリズムによる経済的不均等の二極化で、先進国での中間層が崩壊しつつある現実を反映した現象といえるだろう。しかし、ある国や地域での経済成長が豊かな社会を実現した時代というのは、人類の長い歴史のなかでは例外的な出来事だったのかもしれない。

今年は、世界的なデザイナー、山本寛斎さんが7月に逝去、10月にはケンゾーの創始者、高田賢三さんがコロナで亡くなった。彼らが活躍した1970年代からの時代は、そうした例外的な出来事の一端ともいえるのだ。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

山本寛斎さん(左)と高田賢三さん(右)

一方で、今年は「サステイナブル」という言葉が一部の先進的な人たちだけではなく、国や大企業まで巻き込んで広がった年でもあった。そして、今の困難な状況が、AIなどの科学技術の急速な進歩によって解決できるのではないかとの希望が語られるようにもなった。しかし、科学技術は誰がやっても同じ結果になるとの確実性に基づいている技術であり、芸術や文化を生み出す人間特有の創造力や想像力とは全く違うものだ。なぜならば、人はすべて他人とは違うからだ。

ファッションはそうした分野の中でも、日々の生活で常に着なければいけない服というものにかかわるとりわけ重要な分野だ。その意味ではファッションに課された役割はとても大きいのだと思う。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

ランウェーショーをあえて開いた日本ブランドの心意気

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