上間常正 @モード

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

新年のあいさつでは、たいていは「今年はよい年に」との期待が込められる。去年は新型コロナ禍で1年が明け暮れてしまったので、今年は何とかできればと思いたいのだが、どうもその願いがかなう見込みは薄そうだ。コロナウイルスの感染者や死者は増える一方なのに、それを止める有効な手立てが実際にはほとんど見当たらないからだ。

特効薬やワクチンの効力や副作用は、十分に検証されているのだろうか? 増大する感染者や死者は、社会の中でどんな状態に置かれていた人たちなのか? そして、この新型ウイルスが、なぜこれほどの脅威になっているのだろうか? 今年は憂鬱(ゆううつ)な気分の中で、そんな問いを地道にかつ緊急に考えていかなければならないと思っている。

アメリカの科学誌「原子力科学者会報」が1947年から発表している「終末時計」によると、去年は人類滅亡までの残り時間がこれまでの年の中で最短の100秒となった。核戦争への危機や気候変動に自然災害の多発などをなるべくデータ化して割り出した数値で、終末を午前0時と見立て、時計でいえば午後11時58分20秒の位置に針を置いて示したものだ。では、それが実際には何年何カ月先なのかについては触れられていない。

核戦争による世界終末は、実感としてはなかなかイメージしにくい。しかし少なくとも、気候変動による地球環境の悪化がもう後戻りができない限界点に達してしまうまでの残された時間については、考えたり想像力をめぐらしたりすることができるのではないかと思う。東日本大震災と福島原発事故の3カ月半後、政府の東日本大震災復興構想会議が出した提言の中でさえ、「われわれの文明の性格そのものが問われているのではないか」との殊勝な一節があった。その後の政府の復興事業ではその反省が生かされているとはあまり思えないのだが、地球環境の限界点についてはそうした観点に立った想像力が必要だ。

新型ウイルスのパンデミック(世界的大流行)が明らかにしたのは、際限なく肥大した現代の産業社会がもたらした危機の、もう隠しきれなくなった現状といえるだろう。合理的で効率的な産業社会の発展は物質的な豊かさを生み出したが、同時に人類の滅亡への危機をも伴ってしまったのだ。そしてまた同時に、この滅亡の危機は人類だけでなくて、この環境の中で生きている人類以外の多くの動植物の絶滅をももたらしている。

地球誕生以来の歴史の中では、動植物が絶滅した時代もあった。その原因は大隕石(いんせき)との衝突や、太陽の活動の変化などが原因だったが、今の危機は人類が自らの手で生んだものなのだ。

今の時代の危機を象徴する、ピエール・カルダン

去年12月29日に98歳で死去したフランスの世界的デザイナー、ピエール・カルダン氏は、そんな時代の危機を象徴しているとも思える。

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

1966年、ピエール・カルダン氏 42歳。イタリア・ベネチア生まれ、若いころはクリスチャン・ディオールのアトリエで働き1952年に独立した

イタリアのベネチア生まれ。貧しい移民として1924年にフランスに渡り、14歳のころからパリの服仕立て店でテーラード仕立てと服地の知識を学び、一時は俳優修業に力を入れたが、いくつかの高名なオートクチュールメゾンを経て47年に独立デビューしたクリスチャン・ディオールの元で腕を磨いた。

ディオールが47年に発表して「ニュールック」と称された優雅な服は、第2次世界大戦の戦乱と破壊で失意に沈んでいた女性たちにまた明るい時代が戻るとの希望を与えた。しかし復古調に見える服はパターンなどが簡素化されていて、フランス以外の国でもディオールのライセンスを受けて一定の量産が可能で、その後のプレタポルテ(高級既製服)の時代への道を開く意図が込められていた。カルダン氏はそんな時代への感覚を鋭敏に見抜き、52年に独立して自らのアトリエを開設した。

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

ピエール・カルダンの1967年の作品=三井物産アイ・ファッション提供

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

(左)1975年、東京で。米国のアポロ計画に先駆けてデザインした「宇宙ルック」。25周年を記念して東京のホテルで開催された回顧ショーで紹介された。(右)1978年のパリ・コレクションで発表された服

当時のフランス社会はまだ階層意識が強く、オートクチュールが一部の特権富裕層だけを対象としていることへの、差別される側としての反抗精神も動機の一つだっただろう。2000年12月にブランド50周年を記念したショーを東京で開いた時に来日した際のインタビューで、「モードを一部の特権階級のものから万人のものに、そして人々の生活スタイルを変えるようなものにしたかった」と語り、「今でもまだ新しいことを考えている。昔のことはどうでもいいけれど、リスクの責任は常に自分で背負ってきたことだけは分かってほしい」と真剣なまなざしで付け加えた。

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

「だれもやっていないことを」と語るピエール・カルダン=2000年、東京・日比谷で(関口聡撮影)

20世紀のファッションの前半は、貧困層の女性としての出自から自立する女性のためのスタイルを確立したシャネルが、そして後半は広い層に向けたプレタポルテのスタイルを確立したピエール・カルダンが大きな変革の代表的な担い手となった。その意味では、カルダン氏の業績はもっと見直されなくてはいけないと思う。

今年も続く新型コロナウイルス災禍と、ピエール・カルダン死去の意味

2010年パリ・コレクションより(大原広和氏撮影)

とはいえ、ココ・シャネルの姿勢もカルダンのそれも、あくまで西ヨーロッパの階層社会への反抗に基づいたものでしかなかった。それが生み出したファッションの創造力やビジネスシステムがいま、先の見えない限界にもう差しかかっている。だからカルダンは十分に再評価されたうえで、さらに徹底した批判が必要とされているのだ。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

もう元に戻れない 大きな転換期を迎えた2020年のファッション界

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