武骨で力強いあんぱん。信州の城下町にたたずむ「菌の棲家」/ルヴァン信州上田店
文: 池田浩明

信州の山々に臨み、千曲川が流れ、古い建物がそこかしこに残される上田の町。町の中にいて、自然に抱かれている実感をいつも感じていられる。東京では決して味わえない感覚だ。
上田といえば、真田幸村や真田昌幸らの戦国武将が物語を紡いだ城下町。ところが、上田城以外、市街地に見どころがないと言われていたという。そこで、築100年を超える建物が連なる旧北国街道柳町を観光の見どころにしようと、町の人たちが立ち上がった。奇(く)しくも、1984年創業、東京・富ヶ谷にある自家製発酵種専門店の草分け「ルヴァン」の甲田幹夫オーナーが生まれた町でもある。甲田さんはプロジェクトに賛同、ここ柳町で運命的に出会った空き家に、2004年信州上田店をオープンさせた。
日本家屋特有の薄闇に、ごつごつしたカンパーニュやレーズンパンといったヨーロッパのパンが並ぶ。江戸時代の人たちがこのパンを食べていたのではないかというありえない空想がリアリティーをもって迫ってくるのだから不思議だ。
それほど日本人の生活空間にルヴァンの武骨なパンは似合うのだ。2階の広々した座敷で、大きな梁(はり)と和家具に囲まれ、畳に尻を落ち着けてパンを食べると、とても安らいで、田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家にやってきた気分になる。

イートインスペース
「あんぱん」を頬張ってみる。おいしい豆の旨味(うまみ)を逃さず炊いたあんこ。パン・ド・ミ生地はもわんもわんと素敵に弾み、ゴマに似た小麦の力強い香りが放たれる。麦と小豆、素朴なものと素朴なものの掛け合わせが生みだすなつかしい旨味が喉(のど)をくだる。
生地の中には「ああ、これがルヴァンなんだ」という土っぽい香りが宿っている。ルヴァンのアイデンティティー、自家培養したレーズン種の風味だ。この店のリーダーを務める細入優さんが教えてくれる。

あんぱん
「創業の頃から継いだ種を、東京の店から持ってきたものです。この建物に酵母を棲(す)まわせるため、壁や天井などいろんなところに種をぺたぺたくっつけたそうです。長い歴史が詰まっていて、ちょっとやそっとじゃへこたれない。いろんな菌が含まれていて、味の深みが(昨日今日起こした発酵種とは)ぜんぜんちがいます」
この古い家屋が菌たちの棲家(すみか)となり、ぽこぽことパンを産出する。そんなイメージが頭の中に湧いた。
レーズン種を継ぐ麦は、栃木県で自然栽培をつづける長老、上野長一さんの農林61号。それからこの上田で、失われつつある品種を自家採種し、無農薬で小麦を作る「なつみ農園」の宮原基紀さんのゆめあさひ。土着の麦を土着の菌で醸してルヴァンのパンは作られる。

クロワッサン、シナモンロール
「クロワッサン」はばりばりではなく、がさがさと重く砕ける。まるで麦の塊だ。とびっきり香ばしいハード系の皮を重ねたような食感の内に、舌にぽわんと触れる脱脂綿のような中身が潜んでいる。麦の重厚な風味の合間からとろけてくるバターが清水のようにさわやかだ。
食パン型で焼いた「シナモンロール」は、このシチュエーションのせいか、八ツ橋のような和のお菓子に感じられる。ばりばりの耳。中身はぷわんと舌に触れ、麦のミルキーさと種の酸味をなつかしく発散させる。
パンを食べ終えた私は2階から下りて、1階にいたスタッフの方々に、興奮ぎみに告げた。
「ルヴァンのパンはここで食べるのがいちばんおいしいですね!」
「そうなんです。私もそう思うんです」とスタッフさんたちも口々に答える。みんながそう思っているということはなにかある。菌たちが棲む同じ空気の中で食べるからきっとおいしいのだろう。自分が菌たちの棲む家に招かれた客であるような気持ちになる。

ルヴァン信州上田店がある北国街道柳町
ルヴァンの隣は江戸時代から数百年つづく造り酒屋(岡崎酒造)であり、この建物も酒屋の大工係を務める人が住んでいたのだという。日本酒もパンも酵母が作り出すもの同士。この建物に見えない菌が蓄積しているとしてもおかしくない。土地の菌と麦が生みだすこのパンは、上田に来なくては味わえない、生活そのものの味だ。
ルヴァン信州上田店
長野県上田市中央4-7-31
0268-26-3866
9:00~18:00
水曜・第1木曜休
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