東京の台所2

〈224〉自分の機嫌くらい自分でとると決めた女性 30歳の再出発

〈住人プロフィール〉
会社員・30歳(女性)
賃貸マンション・2LDK・小田急線 千歳船橋駅
入居1年・築年数40年・ひとり暮らし

    ◇

 冷蔵庫に、包装されたままの菓子箱が入っていた。
 「ああそれ、離婚をまだ知らない知人からいただいた元夫へのお歳暮です。どうしようかなと思いつつ入れたままに。今度会ったら渡そうかと」

 その横には、初めて挑戦したという鶏肉のかす漬けが作り置きされていた。ガス台には、具だくさんの味噌(みそ)汁が。
 「ひとりになったからといって料理を適当にしたくないので、必ず温かいスープか味噌汁を作り、玄米を炊いて、野菜を蒸したりグリルしたり。なるべく手作りするようにしています」

 20畳はありそうなリビング、デザイナーの名作椅子が並んだダイニングテーブル。3、4人は立てそうな台所もいかにも使いやすそうだ。

 2019年3月、29歳で結婚。その後、彼の浮気がわかり、目の前でスマホにあった女性の連絡先を消してもらい、9月に挙式をした。
「誰に対しても優しく朗らかで、人当たりのいい人。お付き合いしているときは女性問題で悩んだことがなく、入籍後のトラブルについてはよく話し合い、信じようと思えたのです」

 2020年春、再び同じ女性との過ちが露見。11月に離婚をした。そのひと月後に本取材で訪れた。
 「結婚は後悔していません。家族を持つってこんなに素敵なことなんだな。大切な人がいるって素敵なことだなとたくさん思えたから」

 そう語る彼女の瞳にはわずかな陰りがあり、広い部屋のあちこちから、ついこの間までいた人の痕跡がうかがえ、静かに胸が締め付けられた。別れてせいせいしているというよりは、ひとりの時間に慣れよう、背筋をしゃんとのばして楽しんでいこうと、気持ちを一生懸命紡いでいる最中に見えた。
 1カ月とは、まだそんな時間なんだろう。

〈224〉自分の機嫌くらい自分でとると決めた女性 30歳の再出発

父の失踪

 「24歳のとき、父が失踪して家族が解散したんです」
 ゆっくり言葉を選びながら、彼女は語りだした。
 大手企業で海外赴任もこなし重役まで上り詰めた父は、家では感情の起伏が激しく、不安定なところがあった。子どもの目から見ても、母は、そんな父に振り回され続けていた。

 失踪時、弟は大学生。母は深く傷つき、気力をなくしている。自分がしっかりしなくてはと彼女は奮い立った。
 「私は昔から母を励ます側で、いい子でいようとひとりで勝手に頑張ってしまいがちでした。これ以上、母や弟につらい思いをさせたくないので、父がいなくなったときも、平常心を保とうと気を張っていました」

 都内の社宅を引き払わねばならず、動転している母に代わり、引っ越しに奔走。正直、泣いている暇もなかった。
 2カ月後、クレジットカード履歴から父は見つかり、両親は話し合いの末離婚。
 母は東京に残りたがったが、彼女は意を決して、主張した。
 「お母さんは実家の九州に戻って」

 家族が“解散”した当時のことを、彼女はこう述懐する。
 「母の面倒を見るのが限界でした。でもあのとき、母を実家に送ったことがほんとうによかったのか。今もいたたまれない気持ちでいっぱいになります」

 以来、彼女にとって家族とは、信じられない存在の象徴だ。
 彼と出会ったとき、「他人なのにこんなにも心地よく、一緒にいることを感謝しあえる存在の人がいるのか」と、強く惹(ひ)かれた。何度けんかしても、すれ違ってもわかりあえる、と。
 「初めて信じられる存在の家族ができたと思いました」

 アートやデザインについて造詣(ぞうけい)が深く、学ぶことが多かった。彼はなんでも気持ちよく食べてくれるので、とりわけ料理を張り切った。

 交際中に彼からもらった誕生日プレゼントは、木製のソルト&ペッパー入れだ。イタリアのアレッシィがデザインしたクラフトの風合いと色合いが好きで、いまもカウンターに飾っている。

 「結婚後、女性のことでいろいろあっても、私に足りないところがあるからでは、乗り越えた先に何かみえるものがあるのではとずっと思っていました」

 誰にも悩みを打ち明けられなかった。
 たくさんの人に祝ってもらった式から1年も経っていない。恥ずかしさや体裁もあった。
 ひとりでいると、どんどん自己否定の海に溺れていく。
 いっぽう彼は、謝罪を繰り返し、やり直そうと言ってくるのでよけいに混乱した。

 あるとき、友だちに洗いざらい話した。
 「100%別れたほうがいい」
 自分の我慢が足りないと思っていた彼女は、驚いた。
 同時に気づいた。自分を縛っていたのは、自分だった。

〈224〉自分の機嫌くらい自分でとると決めた女性 30歳の再出発

ふたりだと、つい相手に求めてしまう

 式から1年2カ月後、離婚が成立した。

 「人を恨み続ける人生を送りたくない。ネガティブな感情を抱えて生きるのは、人生の意味がない。だから彼のことも恨みたくないし、悪い記憶を早く笑って振り返ることができる思い出に変えたいなって思います」

 まだ完全に食欲は戻っていないが、ここで怠惰な生活になったら意味がないと、料理も掃除も、以前にも増してするようになった。

 「家事は達成感があります。夫婦って不思議ですね。ふたりだとなんでやってくれないの?とか、やってあげたのにとか、相手に求めちゃう。ひとりだと全然苦じゃないし、気持ちがいい」

 元夫のおしゃべりは嫌いではなかったが、読書や考え事をする心地よさに気づき、ひとり静かに部屋で過ごす時間を慈しんでいる。週数回ランニングを始めたので、寝付きも良くなった。

 「時々焦ったり、不安になることもまだありますが、心配したり一緒に怒ったり笑ったりしてくれる友がいる。仕事ももっともっとできるようになりたいし、そのうちまた恋もしたいなって思えるようになりました。自分の可能性をもうちょっと信じてあげてもいいなって」

 自分も彼も寂しがり屋だったかも、と振り返る。相手の心のなかに自分の居場所をつくり、甘えや傷ついた過去を癒やし合っていたのではないかと。

 彼はどうか知らないが、いまの彼女は違う。
 「自分の面倒くらい自分でみたいというか、自分の機嫌は自分でとりたいのです」と、作りおきの詰まった台所で、ほほえみながらきっぱり言いきる彼女を見て、私はそう確信した。

〈224〉自分の機嫌くらい自分でとると決めた女性 30歳の再出発
 

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PROFILE

  • 大平一枝

    文筆家。長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)など多数。HP「暮らしの柄」。
    <記事のご感想・メッセージはこちらへ>
    http://www.kurashi-no-gara.com/

  • 本城直季(写真)

    1978年東京生まれ。現実の都市風景をミニチュアのように撮る独特の撮影手法で知られる。写真集『small planet』(リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞を受賞。ほかに『Treasure Box』(講談社)など。

    公式サイト
    http://honjonaoki.com

    スタジオ兼共同写真事務所「4×5 SHI NO GO」
    https://www.shinogo45.com

〈223〉ひとり暮らしの長いふたりが結婚に踏み切ったわけ

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〈225〉家族が減ったわたしの台所

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