かかってこい人生! 亡き夫との原風景を胸に、布ナプキンで切り開く未来
文: 石野明子

写真家・石野明子さんが、一家で光の島・スリランカへ移住して4年目を迎える中で見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章で綴(つづ)る連載です。第4回はスリランカで布ナプキンを作っている日本人女性のお話です。まだまだ、生理の話もタブー視されるというスリランカでなぜ、日本人女性が? そして夫亡き後も、スリランカで布ナプキンを作り続ける理由とは。
◇
カラフルな花が咲くチアフルな柄にシックなハイビスカス、落ち着いたグレー地に白いドット。一見ポーチのような、これは――?
「使う方の気分をパッと明るくしてくれるような布ナプキンを作っています。生理の憂鬱(ゆううつ)な時に持ち歩くことが楽しくなるようなものがいいなと思って」
一般的に布ナプキンは生成り色やベージュを基調としたものが多い中、目を引く色使い。作っているのはコロンボにある「モミジ・ナチュラル」。日本でグラフィックデザイナーをしていた伊藤理恵さんがデザインしている。
きっかけを尋ねると「実はスリランカ人の夫、ニシャーダの提案から始まったんですよ」と驚きの答えが。男性から布ナプキンの提案ってどういうことだろう。
私は恋をした。スリランカに、そして……
伊藤さんがフリーランスとして活躍していた2005年、スリランカと取引のあるクライアントからデザインの仕事が舞い込んだ。スリランカ、名前は知ってはいるけれど……。予備知識もあまりないまま現地へ視察のため向かった。
行ってみると、力強い自然に、人懐っこい人々、滋味あふれるスリランカ料理――。全てに魅了された。「初めて来るのになぜか懐かしく、肌になじむような心地よい感覚に包まれたんです」。伊藤さんは1秒ごとにスリランカに恋をしていった。
1週間の視察を終え日本に戻った伊藤さんは、心にポッカリ穴が空いてしまった。まるで大好きな恋人と離れてしまった時のような。もう一度スリランカに戻りたい! 出張の翌年、ホームステイしながら、現地の料理を学ぶ1カ月の“料理留学”を決行することにした。
ホームステイ先は、視察の際にアテンドしてくれた、クライアントの現地法人代表のニシャーダ・ウィターナーッチさんの実家。スリランカ南部、ゴールの郊外にある。「僕のアンマ(シンハラ語でお母さん)のカレーがスリランカで一番おいしいよ」と出張中に彼から聞いた言葉が頭を離れなかったのだ。
1カ月間、ひたすらスリランカ料理を作りながら現地にどっぷりと浸った。停電が起きれば、ろうそくを灯(とも)し家族が順番に歌を披露して過ごす。スコールで雨宿りしている人がいたら見知らぬ人でも、家の中に招き入れ、温かいジンジャーティーを差し出し、雨がやむまでつかの間のおしゃべりを楽しむ。「日本ではこんな時間の過ごし方をしたことがなくて。不便も明るく楽しむ姿に、人間の強さ、豊かさを感じ、魅せられていきました」。
興奮は治まらず、日本に帰国する前夜、伊藤さんはニシャーダさんにいかにスリランカが温かいものを持っているか、日付が変わるまで話し続けた。そして彼も伊藤さんの熱意に答えるようにスリランカの魅力をとめどなく教えてくれた。想(おも)いを受け止めてくれるニシャーダさんとの時間がとてつもなく心地が良かった。
帰国後、またまた心の穴が空いてしまった伊藤さん。しかも前回よりも大きく。それはどうやらスリランカに対してだけではなかったようで……。
そしてひと月も経たない頃、ふいにニシャーダさんから国際電話がかかってきた。そしてなんとプロポーズ! 「迷いなく『はい』と答えました。私は自分の気持ちに気づいていたので、ただただ、うれしかった」と急展開に驚く私をクスクスと笑う伊藤さんなのだった。
翌2007年7月に結婚し、伊藤さんはスリランカに移住した。実は伊藤さんの方が三つ年上で、スリランカではちょっと珍しい夫婦となった。
スリランカの女性を悩ます、生理の現実
移住後、伊藤さんは自宅の周辺でプラスチックゴミを燃やして出る煙に悩まされていた。スリランカではゴミ収集が不定期なこともあり、家の庭で燃やしてしまうことがよくあるのだ。どうやらその中には生理用の使い捨てナプキンも入っているらしい。
使い捨てナプキンはプラスチックを含むため実は燃えづらく、勝手に燃やせば有害な煙を出すこともある。
この問題について、伊藤さんとニシャーダさん、そして3人の姉たちはオープンに話し合った。これは生理の話題がタブー視されがちなスリランカではとても稀有(けう)なこと。
伊藤さんは、移住前から布ナプキンを愛用していた。洗濯して干されている布ナプキンに、ニシャーダさんが興味を抱いた。「それは繰り返し使えて環境に優しいこと、機能的で漏れたりしないことを伝えました」
伊藤さんの話に、何かをひらめいたニシャーダさんが動いた。かつて環境ジャーナリストを目指したこともあるニシャーダさん。スリランカの女性に広く、生理用品にかかるコストや、廃棄方法などについてアンケートをとったのだ。すると使い捨てナプキンは高価なため自宅では布きれを使い、外出時だけ使い捨てナプキンを使用すること、公共のトイレにゴミ箱がないため、大体が自宅に持ち帰り燃やしたりトイレに流したりしてしまう、という驚きの結果がでた。
「まだスリランカにない布ナプキンなら、きっと需要がある」
布ナプキンを商品化するため、事業を立ち上げた。「生活の不安もありましたが、生理の話題は今以上にタブー視されていた頃。それを破るのが実は楽しみでした」とワクワクしたそうだ。
名前は日本らしいものにしようと「モミジ・ナチュラル」に決めた。結婚した翌年、2008年のことだった。
これは、ドラマの中の出来事?
サンプル製作などを重ねる日々の中で「背中が痛い」と、ニシャーダさんがつぶやくようになった。日に日にやせ細っていくニシャーダさん。実は結婚の数年前にも口にガンが見つかっていたが、手術で取り除いたと聞いていた。しかし結婚して3カ月後、耳下に再発。それも手術で治癒していた。
繰り返し検査を受けても、背中の痛みの原因が分からなかった。
2010年8月、2人の間には一人息子のつむぐ君が生まれた。「彼はどんなに体調が悪くてもいつも変わらず穏やかで、動けるときには育児も積極的に手伝ってくれました」。
しかし年をまたいでも、ニシャーダさんの体調は悪くなる一方。原因がわからないまま衰弱していく夫を見ているのは、とても辛かった。仕事に育児にとつい無理をしてしまうニシャーダさん。少しでも治療に集中できるようにと2人で話し合い、伊藤さんはつむぐ君と一緒に日本に一時帰国する決断をした。2011年2月のこと。
「必ず彼は元気になると信じていました。だから日本に戻ってきたし、夫が先に亡くなる、そんなドラマみたいなことが私に起こるはずないって」。しかし2人が帰国後、検査でガンの再々発が発覚。それから1カ月もたたないある夜、ニシャーダさんの容体が急変し、そのまま夜明けを待たずして旅立ってしまった。数日前に交わした会話が最後になった。
2011年3月、まだニシャーダさんは40歳。出会って6年目、結婚して4年が過ぎたころだった。
仕事の音、美しい風景 全て彼が遺してくれたもの
「彼がいないスリランカで暮らすということが、全く思い描けませんでした」。大きな喪失感に襲われ、モミジ・ナチュラルをどうするかも考えられなかった。
息子は日本で育てよう――。葬式に参加するだけの予定で、またスリランカへ飛んだ。かつてホームステイした、ニシャーダさんの実家があるゴールについた、その瞬間。
「何か温かいものに包まれるような感覚がしたんです。それは初めてスリランカを訪れた時と同じ」。伊藤さんは、心の中がクリアになっていくのを感じた。「ここにいたい」。伊藤さんの心はそう言っていた。
私の居場所はスリランカにある――。
当時、モミジ・ナチュラルは3年目を迎え、海外からも発注を受けるようになっていた。山積みの仕事があることがありがたかった。誰も言葉を発しなかったけれど、布を裁断するハサミの音で、みんながミシンを踏む音で、全員がニシャーダさんを想っているのがわかった。手仕事の音が、伊藤さんを慰めてくれた。
そして伊藤さんには、胸に焼き付けている風景がある。
「ニシャーダの遺灰を実家にほど近い川にまいた時のことです。夕暮れ少し前、鏡のような川の水面に映るヤシが揺らめいて、西日が水鳥や水牛や草花を輝かせていた。とても悲しいと同時にあまりの美しさに感動してました。ああ、ニシャーダはこの景色を私に見せたかったんだって」
出会った時も、ホームステイの時も、そして旅立つ時も、ずっとニシャーダさんは伊藤さんにスリランカの美しさを語り続けていたのだ。
人生はバラム!
ニシャーダさん亡きあと、義姉のマンガラさんが工場長を、伊藤さんは代表を務める。従業員もすべて女性。壁にぶち当たることもしばしばだ。
スリランカでは女性ひとりで生活するには、困難を伴う。伊藤さんは夫がいないというだけで家賃が払えないと決めつけられ、家を追い出されそうになったことも。
「『バラム!』(シンハラ語で「様子を見ましょう」)で乗り切っています。うまくいかないときはあらがわず、流れがこちら側にくるまで待つ。停電の時と一緒ですね」と話す伊藤さんは、しなやかで強い。それにニシャーダさんが見せてくれたあの原風景が、時おり心に現れては勇気づけてくれる。
今年、モミジ・ナチュラルは立ち上げてから14年目を迎える。水がない場所では布ナプキンは使えないなど、スリランカの生理に関する厳しい現実はまだ変わらない。「女性たちが貧富の差なく、自分の状況にあった生理用品を選べるように、選択肢のひとつとして布ナプキンを作り続けていきたいですね」
伊藤さんはニシャーダさんからもらった原風景を頼りに、一歩一歩自分の足で歩み続ける。「今日も、かかってこい人生!です」。ふふふ、と笑う伊藤さんがとてもチャーミングだった。
伊藤さんの心の中にあるスリランカの原風景を私も見てみたい。きっとそれはまぶしいくらいにキラキラ輝いている。伊藤さんと別れて帰る夕暮れの道すがら「かかってこい人生!」私も一人つぶやいた。さて明日は何が起こるかな。
◆モミジ・ナチュラル
http://www.momijinatural.com/Japanese/JapHome.html
※布ナプキンは日本でも取り扱いがあります。ホームページのショップリストをご参照ください。
>>フォトギャラリーはこちら ※写真をクリックすると、大きな画像とキャプションが表示されます。