猫が教える、人間のトリセツ

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

人間を思うがままに操る、飼い猫たちの実例集「猫が教える、人間のトリセツ」。
月に1回、「猫と暮らすニューヨーク」の筆者、仁平綾さんと、イラストレーターのPeter Arkle(ピーター・アークル)さんでお届けします。

     ◇

我が家の猫は、究極の“空気が読めるタイプ”。獣医に行く日は、不穏な空気を察して、引き出しの中に隠れて寝るし、私と夫が楽しそうに話していると、その横でおなかをあらわにし、安心しきって眠る……。うちの猫すごい。と思っていたけれど(親バカ)、料理家の若山曜子さんの飼い猫はもっとすごかった……。前脚を器用に使えて、言葉も理解できて、表情も読めるタイプ。そんな飼い猫“のび”のお話をどうぞ。


おなかがすいたら、ドライフードの袋を前脚でパンパンと叩(たた)く。飲み水を変えて欲しいときは、同じようにペットボトルを叩く……。
料理家の若山曜子さんが以前飼っていた愛猫の“のび”は、そうやって自分の意思を、飼い主に明確に伝える猫。

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

のびは、若山さんが大学生の頃、帰省した際に見つけた捨て猫。その後留学をし、のびとは離れ離れに。「帰国は結婚が理由でしたが、本当はのびと早くまた一緒に暮らしたかったから、だったように思います」

「とても賢い子でした。親バカなので、いっぱいエピソードが思い浮かびます」と若山さん。
例えば、家に内装工事が入ったとき。工事のおじさんの足もとでブツブツと(正確には「ウナウナ」と)ノビがしゃべり続け、おじさんに「やりにくいなあ。これ絶対文句ですよね?」と苦笑されたことも。

若山さんが「一番びっくりした」のは、猫用の扉のところで、のびを目撃したとき。

のびがブラインドの紐(ひも)を前脚で器用にたぐり寄せ(!)、猫用の扉を固定しようとしていたとか。実はそれまでも猫用の扉が紐で固定され、開きっぱなしになっていることがしばしば。「隙間風が寒いので、気づけば元に戻していたんです。でもあまりに回数が多いので、もしや、と思っていたら……」

ちなみに若山さんが、そうやって扉を固定したことはなく、どうやらのびが独自に方法を編み出したよう。「猫用の扉を顔で押すとき、すごく嫌そうな表情をしていたので、顔を押しつけるのが嫌だったんだと思います。それでいろいろ考えたんでしょうね」

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

鼻に髭(ひげ)みたいな黒い模様がついていたため、初めはチョビという名前だったのび。よく伸びをするため、途中から“のび”に変更。(左)ひんやりして気持ち良かったのか、鉄アレイに頭を乗せるのが夏場のお気に入り

人間の言葉がわかる、というのも、のびの才能のひとつでした。
「母が、大きく成長したのびに再会したときに、『なんか顔がのびた? 猿みたい!』って開口一番に言ったんですね。そしたら玄関にお迎えに来ていたのびが、踵(きびす)を返していなくなりました(笑)」。以来のびは、お母さんには一切懐かなかったとか……。

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

料理教室や、仕事の打ち合わせ時は、いつも若山さんの横にいて、現場監督のようにふるまったのび。「人が好きだったので、人の輪に入りがち(笑)」。記念撮影にも必ずイン、だったそう

天国にいく1年前にガンが見つかり、獣医師の診察を受けていた時のこと。

「獣医さんがしゃべると、のびは獣医さんの顔をじっと見るんです。今度は私が話そうとすると、私を見る。『この子は私たちの言っていることが本当にわかるんですね。言葉に気をつけなくてはいけませんね』と獣医さんに言われたのを、今でもよく覚えています」

言葉だけではなく、のびは表情でも意思の疎通ができる猫でした。

「のびが旅立つ少し前のこと、はじめてベッドで粗相をしたんです。寝室のベッドのすぐ下にトイレを置いていたのですが、足元がおぼつかなく、下に降りられなかったのですね。とても申し訳なさそうな顔をしていて、私のほうが申し訳なくなりました。『ごめんね、気がつかなくて』。私はのびの頭をなでて、体を拭いて、おむつをネットで注文しました。おむつが届く前に、のびは逝ってしまいました」

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

のびは、生来賢かったのか、それとも人間と暮らすうちに賢くなったのか……。「歳(とし)をとって、人間に近くなっていったのかも」と若山さん

18年間一緒に過ごしたのびが、旅だったその夜。
悲しみに打ちひしがれていた若山さん夫妻が、お線香をあげていたところ、「『のびがまだ近くにいる気がするよ』と私が夫に言ったら、そのとき、お線香がぽんっ!と音を立てて吹っ飛んだんです。夫とふたりで、腰を抜かしました。うれしいというよりは、ちょっと怖かったです(笑)」

最期の超常現象はさておき……、人間みたいにふるまった猫、のび。それは意のままに人間を動かそうという、賢い猫の処世術とも言えるけれど、むしろ若山さんのエピソードから感じるのは、もっとひたむきな、人間に歩み寄ろうとした、のびのけなげな試み。そう勝手に推察すると、より愛(いと)しさが募ります。

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

のびが子猫の時から、いつも話しかけていたという若山さん。「夫も一緒に暮らし始めてから、同じようにしていました。次第にじっと人の話を聞くようになりました」

のびが旅立ってから、約3年後のこと。若山さんは、新しい保護猫を迎えました。
「のびみたいな子はいないから、もう猫は飼わない。そう思って、3年以上、次の子は探さなかったのですが、ひょんなことから、のびと同じ柄の猫が我が家にやってきました」

のびと同じ、キジ白のオス猫で、名前は“もん”。マイペースな不思議キャラで、驚くほど懐かない猫なのだとか。
「お風呂上がりに、たまにピタッと寄り添いにくることがあるけれど、ゴロゴロタイムは決まって10分。時間が経ったら、まるでウルトラマンのように、すくっと立ちあがっていなくなります」

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

雨の中、段ボールに入れられ、捨てられていた子猫2匹を譲り受けた若山さん。その後、弟猫の“もん”は若山さん、姉猫のビスコは、料理家の坂田阿希子さんの愛猫に

子どもの頃から猫と暮らしてきた若山さん。「もんは、のびのように賢い猫ではないと思います。でも不思議なもので、猫に優劣はないんですよね。どの子もそれぞれ違っているところがかわいい。私はどの子も忘れられなくて、それぞれの猫との思い出をもって、生きていくんだと思います。これから先、どんどん思い出が増えていく。それはそれで、幸せなことだと思っています」

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

人に爪を立てることは決してせず、獣医さんの前でもブルブル震えているだけで必死に耐えている。そんなもんは、すくすく育って現在4歳

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

まだ子猫の頃のもん。若山さんのケーキと共に。いつかのびのように、若山さんの仕事の現場監督を務める日が来るのでしょうか……

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

若山さんが最愛ののびを亡くして、もんを迎えるまで約3年。「私には3年が必要でした。(のびを)思い出してひたすら嘆くこと、自分のなかで気持ちを整理してから前に進むことも供養だと思いました」

※次回は、2月下旬の配信予定です。


人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)
若山曜子(わかやま・ようこ)
料理研究家。東京外国語大学フランス語学科卒業後、パリへ留学。ル・コルドン・ブルー、エコール・フェランディを経てフランス国家資格(CAP)を取得。パリのパティスリーなどで経験を積み、帰国後はカフェのメニュー監修、雑誌や書籍、テレビでのレシピ提案などで活躍。自宅で少人数制のお菓子と料理の教室を主宰。著書に『フライパンパスタ』『作っておける前菜、ほうっておけるメイン』(主婦と生活社)、『ジンジャースイーツ』(立東舎)、『パウンド型で作るテリーヌ』(文化出版局)など多数。

https://tavechao.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/yoochanpetite/

 

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

フライパンパスタ』(主婦と生活社)
撮影:福尾美雪、スタイリング:池水陽子

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

ジンジャースイーツ』(立東舎)
撮影:馬場わかな、スタイリング:池水陽子

 

『猫と暮らすニューヨーク』が本になりました!!

人間みたいにふるまう。 byのび(飼い主・若山曜子さん)

『ニューヨークの猫は、なぜしあわせなの?
75匹の猫と飼い主のリアルな暮らし』

仁平 綾 (著) 朝日新聞出版

猫と暮らすニューヨーク』として連載していたものから、
“猫の飼いかた”の部分に注目し、さまざまなアイデアや実践をセレクト、再編集した一冊。
個性豊かで愛らしい、NYの猫たちの写真が満載で、猫好き必読の書。

1760円(税込み)

>>「猫と暮らすニューヨーク」まとめ読みはこちら

PROFILE

  • 仁平綾

    編集者・ライター
    ニューヨーク・ブルックリン在住。食べることと、猫をもふもふすることが趣味。愛猫は、タキシードキャットのミチコ。雑誌等への執筆のほか、著書にブルックリンの私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』、『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』(いずれもエクスナレッジ)、『ニューヨークおいしいものだけ! 朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、共著に『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。
    http://www.bestofbrooklynbook.com

  • Peter Arkle(イラスト)

    ピーター・アークル スコットランド出身、ニューヨーク在住のイラストレーター。The New Yorker、New York Magazine、The New York Times、Newsweek、Timeなど雑誌や書籍、広告で幅広く活躍。著書に『All Black Cats Are Not Alike』(http://allblackcats.com/)がある。

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