このパンがすごい!

もっちり、ぱっちり、ふんわりとろけて。芸術家の直感がささやく、変幻自在のベーグル/Raven’s Table

名店「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」で、はじめての女性シェフとして台北店をまかされていた加藤千裕さん。パン職人になる前は、写真やデザインを手がけるアーティストだった。その彼女が「Raven’s Table」(レイブンズテーブル)を昨年11月、世田谷にオープンした。

加藤さんが大好きだというベーグル。もっちり沈むことと、ぱっちりと切れることが共存する。両者は平衡状態にあるため、歯を下ろすスピード、奥歯か前歯かによって、変幻自在どちらにも転び、それが楽しい。ちぎれて、舌の上に落ちた塊は、NYベーグルさながらにとろとろ溶ける。そして、小麦のミルキーさ、海藻のようなミネラル感、豊かなでんぷんのフレーバーに、ふすまの清々(すがすが)しさ、と幾種類もの風味であふれかえる。

もっちり、ぱっちり、ふんわりとろけて。芸術家の直感がささやく、変幻自在のベーグル/Raven’s Table

クランベリーベーグル

秘密は25%加えた、熊本県の有機栽培生産者「ろのわ」東博己さんの麦。チクゴイズミを自家製粉する。

「いろんな品種を試し、私のパンには絶対これだと思いました。同じチクゴイズミでも、自分で挽(ひ)いたものはぜんぜんちがう。食感もふんわりして、香りもすごく豊かです」。粗めに挽いた麦は、香りがいいだけでなく、グルテンを引き裂いて歯切れのよさを助けてくれるのだ。

Raven’s Tableに並ぶパンのほとんどは、高1の息子・里玖(りく)さん、小5の娘・ららさんのラブコールに応えたもの。今まで食べた加藤さんのパンの中で2人がおいしいと思ったもののオールスターだという。

「娘はパンを作るのが大好き。家でいっしょにパンを作っています。将来はパン屋になるのが夢。大きくなったらこの店を手渡したいと思ったのが、オープンのきっかけです」

もっちり、ぱっちり、ふんわりとろけて。芸術家の直感がささやく、変幻自在のベーグル/Raven’s Table

以前、加藤さんが勤めていた横浜の人気店「ブラフベーカリー」のシナモンロールは子供たちのお気に入り。それを大胆にアレンジした。いうなれば、ベーグル感覚。ふわふわではなく、ぐにっぐにっ。噛(か)み応えのある生地が、前述のベーグルのようにとろとろ溶ける。チクゴイズミの清々しさとシナモンの相性も印象的。もうひとつ、意外な素材がいい仕事をしている。

「ギリシャヨーグルトをベーグルに入れてみたらすごく相性がよかったんです」

なにを入れるべきか、加藤さんは考えるのではなく、直感するのだという。アーティストが、無心でパレットから絵の具をすくいだすのに似ていないだろうか。

ブリオッシュは、パフのようにエアリーで、さっくり爽快な歯切れ。口溶けよく、それでいてバター風味は濃厚である。お菓子向きというイメージが強いブリオッシュに意外な食材、パンチェッタ(豚肉の塩漬け)とローズマリーを混ぜ込んだ「パンチェッタ」。生地のミルキーな甘さ、卵感。それに対して、パンチェッタの塩気、肉っ気。異なるもののせめぎ合いがぞくぞくする快感を喚起、合わさっては、キッシュのような甘さ、旨味(うまみ)の滴りとなり、喉(のど)を伝う。

もっちり、ぱっちり、ふんわりとろけて。芸術家の直感がささやく、変幻自在のベーグル/Raven’s Table

パンチェッタ

店内は、まるでカラス(Raven)のパン屋さんだ。ステンドグラスでできたカラス、ドローイング、窓ガラスに描かれたもの。それらはそれぞれ親交のあるアーティストたちの作品であり、息子さんの描いたイラストまで飾られる。自由さ、楽しさが店に満ちているのだ。

加藤さんは、パンをリクエストさせたり、意見を聞いたりすることにとどまらず、息子さん娘さんをスタッフとして迎え入れてもいる。それは、こんな気持ちからだ。

「好きっていう気持ちが折れないように。上達する気持ち、夢を持ちつづけてほしいんです。私自身が何度も折れそうになったから。『このパンどういうふうに作るんだろう?』。好きという気持ちだけでパンをつづけてきました。うまく作れない人でもやっていいんだよって」

パン職人であると同時に、アーティストの魂が宿った言葉だった。そこには、楽しいほうへ動いていく自由な心がある。私は、加藤さんのパンから、自由な物づくりの楽しさ、尊さというメッセージを受け取ったように思った。

もっちり、ぱっちり、ふんわりとろけて。芸術家の直感がささやく、変幻自在のベーグル/Raven’s Table

加藤千裕さん(右)と、息子・里玖(りく)さん

東京都世田谷区桜3-2-15 稲田ビルⅢ 1F
10:00~18:00(売り切れ終了)
日・月曜休

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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