花のない花屋

ガンと共に歩む新婚夫婦、60歳までの「人生計画表」

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
横山可世子さん(仮名) 35歳 女性
大分県在住
無職

     ◇

私と夫は、数週間前に結婚したばかり。とはいえ婚姻届は、私1人で提出しました。

彼は約1年前から、がんと闘っています。昨年末には転移が見つかったため、今なお入院を余儀なくされています。

友人の紹介で薬剤師の彼と知り合ったのは2年半前。天然パーマのくるくるヘアと、誰にでも好かれる明るい笑顔が印象的な彼にひかれ、まもなく一緒に暮らすようになりました。

彼は六つ年下ですが、私をいつも優しく引っ張ってくれる頼もしい存在です。私はいつも、甘えてばかりでした。

一緒に住み始めてまもなく、彼の体におかしなホクロができたことに気がつきました。看護師として働いたこともある私は妙に気になって、すぐに病院に行くことをすすめました。でも、仕事が忙しかった彼が、やっと受診したのは2年近くが経ってから。

診断は、メラノーマ(悪性黒色腫)という希少がんでした。

ふたりとも医療の知識があるだけに、おそろしいがんだということは病名を聞いただけでわかりました。しかも彼はまだ20代。まさかの診断に、目の前が真っ暗になるほどのショックを受けました。

すぐに手術して切除しましたが、この頃から彼は、自分が人より長く生きられないことを覚悟したように見えました。残された人生をどう生きるかを考えて、古い友人に会いに行ったり、大学時代を過ごした広島に移住する計画を立てたり。私と2人、車で日本中を旅行もしました。まるで天国に旅立つ準備でもするような彼を見て、私は泣いてばかりの日々でした。

別れ話が出たこともありました。長引く治療で、家計も苦しい。共倒れになる前に、それぞれの人生を歩いたほうがいいのではないか。そう提案されたこともあります。でも、ときどき落ち込んでいるときはあるものの、普段は優しく明るい彼のまま。「悲観ばかりしていたら、限られた時間がもったいない」。いつも私を引っ張ってくれる彼が、そう私を優しく叱っているように思えました。

私も彼の残りの大切な人生を、共に生きていくことを決めました。

2人の「人生計画表」を一緒に作ったのもこの頃です。目標年齢は60歳。それまでに子どもを何人産んで、2人が好きな旅行にでかけて……。生きる希望を捨てまいと、2人のわがままな夢がたっぷり詰まった計画表になりました。

「結婚しようか」「そうだね」「いつにする?」
結婚の話も、普段のおしゃべりのなかでごく自然に出てきた計画のひとつです。そうして1月の結婚を目前にした昨年12月。またしても私たちに試練が降りかかりました。がんの内臓への転移が見つかったのです。

あまりに早い転移にぼうぜんとなりましたが、もう1ミリも迷いはありませんでした。入院中の彼とコロナで会えない中、LINEで日取りを決めて婚姻届を提出。経済的な余裕がないため、披露宴も指輪もない結婚ですが、これからは妻として、彼を支えて生きていきたいと思っています。

そうして振り返ってみると、嵐の中を駆け抜けるようにたどり着いた私たちの結婚には、ドラマで見るようなプロポーズらしいプロポーズの場面がなかったように思います。以前、冗談めかして「私からプロポーズしてあげようか?」と彼に言ったことを、今こそ実現したいと思うようになりました。プロポーズの言葉と一緒に、彼の心が少しでも明るく花開くようなお花を贈ってほしいです。明るい気持ちや笑顔が、彼の病気を消し去ってくれると信じています。

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≪花材≫カトレア、エピデンドラム、アジサイ、ミモザ、ルスカス

花束を作った東さんのコメント

ご結婚おめでとうございます。旦那さまが闘病中とのことで、元気の出る色合いの花束にしました。
色ごとに層を分けました。ちょっとウェディングケーキっぽくも見えますね。
一番上に据えたのは、カトレアというラン。葉っぱも勢いがある感じなので、鉢から丸ごと植え替えました。カトレアの周りも、黄色いエピデンドラムというランです。その下が緑色のアジサイ。緑といってもライトで鮮やかなグリーンで黄色と調和しつつも引き立てています。黄色い小花はミモザ。結婚式のブーケなどでもよく使われますね。からし色に寄らない、本当にきれいな黄色でとても人気があります。一番下のグリーンは深緑色のルスカスで引き締めています。
先の見えない不安な闘病生活を、少しでも明るい気持ちで頑張っていただけますように。

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(文・福光恵 写真・椎木俊介)

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

ガンと共に歩む新婚夫婦、60歳までの「人生計画表」

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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