スリランカ 光の島の原石たち

“お母さん”のカレー屋台 スリランカのうまみを召し上がれ

写真家・石野明子さんが、一家で光の島・スリランカへ移住して4年目を迎える中で見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章で綴(つづ)る連載です。第5回は石野さんが大好きなあるスリランカカレー屋台のお話です。手間がかかるけど、スリランカのうまみが詰まった代表的な料理。しかしスリランカでも、近ごろはインスタント食品など現代化の波が押し寄せているそうです。豊かな食材の本当の味を知って欲しいと、安くておいしいスリランカカレーを作り続ける”お母さん”を紹介します。

>>おいしそうなスリランカカレーを、ぜひフォトギャラリーでも。

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毎週土曜日、コロンボ市内の広場で「グッドマーケット」という青空市場が開催される。食料品から雑貨、マッサージサービスまで様々な屋台が並んでいる。「地球と人に優しい」がコンセプトで地元の人から在住外国人、観光客にも人気のある活気ある市場だ。その中に私が大好きな屋台がひとつある。それはスリランカカレーの屋台「Jeewa’s(ジーワズ)」。

初めてこの屋台に出会ったのは、移住してすぐの4年前。仮住まいの大家さんのおすすめで「行けばわかる」と言う通り、行列のある屋台が。人の頭の隙間からテーブルをのぞいてみると、そこには「絶対おいしいやつ!」とひと目でわかる艶(つや)やかなカレーたちが、スリランカの伝統的なワランと呼ばれる土鍋に入れられ所狭しと並べられていた。時間はまだ10時前なのにもう底が見えているワランも。

スリランカ カレー 石野明子

スリランカカレーはライス&カリーと呼ばれ、日本でいう定食のイメージだ。様々な具材が入った日本のカレーと違い、オクラのカレー、インゲンのカレー、チキンカレーというように1種の具材で作る。お皿の真ん中にパラリとしたご飯をよそい、周りに3、4種類のカレーや付け合わせをのせていく。食べる時は自分好みに単体で味わったり、少しずつ混ぜてミックスした味を楽しむ。一皿に、辛味、甘味、渋味、苦味、酸味と違った味のカレーを盛り合わせることが健康にも良いとされている。

チキンに海老に、マグロやイカ、10種類以上の野菜……と、ジーワズのカレーはどれもスパイスをこれでもかとまとって魅惑的。何を選ぼうか頭をフル回転させながら順番を待つも、心決まらず。最後は「えいや!」と適当に選んでしまった。果たして。

“お母さん”のカレー屋台 スリランカのうまみを召し上がれ

スパイスの香り高く衝撃的においしかった……。それ以降、ジーワズのライス&カリーのファンになってしまった。

どこで食べてもライス&カリーはまぁまぁおいしい。というのは乱暴な言い方だけれど、自分でもたまに作るのだが、多少ざっくり作っても味の着地点はそんなに変わらない気がする。飛び抜けておいしい、というのはかなり少ない。でもジーワズのそれは別物の料理のように違った。スパイスのインパクトはありつつも繊細さもあって、奥深いうまみが残る。食材の持つそれぞれの食感も楽しい。一体何が違うのか。

ひと味違う、ジーワさんのカレー その始まりは

皆に「ジーワさん」と呼ばれるその店の店主は、ジーワニ・プリヤダーシャニさん(49歳)。彼女の料理歴は7歳から始まる。料理上手なお母さんと伯母さんの後ろについて家族の食事作りを手伝った。そして10歳になる頃にはひと通りのことができるようになったそうだ。「決して華やかな料理じゃないんだけど、家族のために手間を厭(いと)わなくて、すごく優しい料理なの」と家族のことを話すジーワさんはひときわ優しい表情になる。

スリランカ カレー 石野明子

「ジーワズ」は今やグッド・マーケットいちの人気店だが最初はたった一つの商品から始まった。それはジャックフルーツという果実を使ったポロス・カトゥレット。ジャックフルーツの若い実ポロス*とゆでたジャガイモをスパイスで味付けし揚げた、コロッケのようなものだ。スリランカ伝統の料理でスリランカ人で嫌いな人はいないのではないだろうか。

「私はいつも通りの母のレシピで作って、試しに立ち上がったばかりのこの市場で売ってみたの。そしたらお客さんが皆『うまい、うまい』って驚いて、すぐ売り切れるようになったの」。ジーワさんいわく、ポロス・カトゥレットは手間がかかる料理で、都会の忙しい人は作るよりも買う方が多い。しっかりとした濃い味付けで売っているポロス・カトゥレットに比べて、ジーワさんのものはスパイシーだが手間をかけて素材の味を引き出す味付け。この味が喜ばれるなら……。ジーワさんは、自分のライス&カリーをコロンボの人に食べてもらいたいと考えた。

*ジャックフルーツは成長過程によって「ポロス→コス→ワラカ」と呼び名が変わる。

スリランカの食材はニアマイ(最高)!

開発途上国のスリランカも現代化が進む。それは食の分野でも。化学調味料やインスタントフードが台頭してきた。ちゃんとスリランカ料理を作ろうとすれば、ココナツをナタで割って、ゴリゴリ中身を削り、そこからココナツミルクを作り……。それを毎日3食やろうとすればかなりの時間がかかる。育児をしながら、仕事をしながら、では到底できない。そこで簡単に味が調う化学調味料はやはり役に立つ。テレビCMでは、効率的で豊かな生活のイメージとして宣伝される。

“お母さん”のカレー屋台 スリランカのうまみを召し上がれ

「化学調味料が悪いということではないんだけど、単調な味になってしまうと思う。食材が持つうまみはそれぞれ違って私にはそれがとても大事」というジーワさんは外食は全くしないそうだ。「結局自分の味が好きなんだよね。お金を出しておいしくないとイライラしちゃうし! それに母の味にするには全部一から自分でやらなくちゃたどり着かない」

ジーワさんはスパイスも自身で作る。厳しい目で良質なスパイスを選び、洗い、干し、信頼できるお店で挽(ひ)いてもらい、自宅に持ち帰りブレンドする。野菜も市場仲間から無農薬のものを調達する。土曜の市場のための準備は水曜から始まるそうだ。スパイスの調合、野菜の下準備などから始まり、毎日コツコツ下ごしらえを積み重ね、土曜の午前2時から一気に仕上げていく。

“お母さん”のカレー屋台 スリランカのうまみを召し上がれ

「スリランカには豊かな食材がたくさんあって、良質なスパイスはスリランカの財産。それが合わさったスリランカカレーは本当にニアマイ(最高)! だからそのうまみを忘れないように、気づいてもらえるように私は私の料理を作る」

だからジーワさんのカレーはあんなに味の奥行きが深いのだ。スリランカ料理で辛味は欠かせない味わいの一つだが、ジーワさんのカレーを食べると一口に辛味と言っても甘みのある辛味、苦味のある辛味、スカッとする爽やかな辛味などいろいろな辛味があることが、香りや食感など五感の全てを通じて伝わってくる。それが旬の食材と相まってひと口ごとに新鮮な驚きがある。

ずっと食べたい、“お母さん”の味

「コロンボでこの値段でこんなにおいしいカレー食べられるところ他にある? 絶対ないよ!」と答えてくれたのは、この市場の同じ出店者でもある常連さん。そう、ジーワさんのライス&カリーは値段も良心的なのだ。素材は全て無農薬で、一皿大体300円から360円。

「気軽に食べられる値段でおいしかったら皆うれしいじゃない?」。人気店になってもジーワさんはおごることなく、料理は絶対に人任せにしない。当初はワランだった屋台も、もっとおいしく適した温度で食べてもらえるように2年ほど前から保温式のポットに変えた。

“お母さん”のカレー屋台 スリランカのうまみを召し上がれ

インタビューの間もジーワさんの携帯はよく鳴る。「ジーワ、今日は何カレーがある?」「バトゥモジュ(ナスの甘辛炒め)はまだ残ってる!?」。電話を切るとジーワさんは「もうすぐ娘も息子も独り立ちする、育児も卒業だからそのあとは引退してのんびりしようかしらね。携帯も電源を切っちゃう」と笑う。

ジーワさんがお客の注文を聞いている時、店の手伝いをしていた夫のクマさん(56)が照れ隠しなのかこっそり話し始めた。ふたり目の子供が生まれたあと、クマさんはモルディブのホテルに13年間出稼ぎに行っていたそうだ。その間ジーワさんは子育てしながら屋台を始め、得意の料理でコロンボの人たちを魅了した。「すごく大変だったと思う。でも文句も言わず頑張ってくれたんだ。自慢の女房だよ」とうれしそうに話す。

スリランカ カレー 石野明子

おいしくて体が喜ぶものを食べて欲しいとジーワさんは言う。「皆仕事に育児に頑張ってるでしょ、体が資本! だから一切手を抜きたくない、と言うか抜けないのよねぇ」と笑うジーワさん。ジーワさんは皆のお母さんみたいだ。

接客が終わって戻ってきたジーワさんに引退したら何をするんですか?と問いかけた。「そうねぇ、自分のお店を開きたいわね。いつも同じ場所にあって、私の味を皆に楽しんでもらいたい。大好きな料理を作り続けるの」

あれ? さっき引退してゆっくりしたいと言ってたような……。

「アキコももう仕事を終わりにして食べなさい! 今日はどれ食べたい?」と言いながら、私の答えを待たず、大盛り、おまけのカレーもたくさんよそって、スペシャルライス&カリーを作ってくれた。

お母さんの味が食べられなくなったらさびしいから、黙っておこうっと。それでは、いただきます!

>>フォトギャラリーはこちら ※写真をクリックすると、大きな画像とキャプションが表示されます。

PROFILE

石野明子

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。2019年4月にイカロス出版よりガイドブック「五感でたのしむ! 輝きの島スリランカへ」(税込み1760円)が出版された。

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