上間常正 @モード

ファッション界での反性差別の動きと森喜朗氏発言の関係

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長をつとめてきた森喜朗氏による女性蔑視と思われる発言への、国内外での波紋が広がっている。その多くは森氏の発言を非難するもので、会長の辞任を求める声が高まった。しかしこの問題は、彼が辞めれば済むわけではない。なぜかと言えば、非難する側も謝る側のどちらも、その多くが建前としての域を出ていないように思えるからだ。日本を含む先進国でも開発途上国でも、女性差別の現状は根強く残り続けている。それを女性の側から見直して告発する動きが数年前から始まっていて、ファッションも実は深く関わっているのだ。

ファッション界での反性差別の動きと森喜朗氏発言の関係

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長をつとめてきた森喜朗氏

森氏の発言は、今月3日のJOC(日本オリンピック委員会)臨時評議会で、「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。だれか1人が手を挙げていうと、自分もいわなきゃいけないと思うんでしょうね」など。翌日には発言の撤回と謝罪の記者会見に追い込まれたが、辞任については否定。JOCの関係者や菅義偉首相などの政府関係者、小池百合子都知事らからも辞任を求める発言は出なかった。

国会でも森氏の発言の意図を追及する質疑が与野党議員から出され、特に野党からは辞任を求める意見が強かった。しかし聞いた限りでは、女性議員からの発言も含めて議論は建前論のレベルで、議員たちは多くの女性らが現実生活の中で感じている女性差別の実情をどれだけ知っているのだろうかとの疑問が拭えなかった。

彼・彼女らの言っていることは基本的には正しい。なぜかといえば、女性差別の現状は間違いなく日常的に遍在しているから。しかし、その深刻な事実をどれだけ理解しているかどうかは別の話で、知らなくても「正しい」ことは言えるからだ。

英国のジャーナリストが書いた『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(キャロライン・クリアド=ペレス著、日本語版2020年)は、女性としての立場や体験をもとに女性差別の深刻な実状を豊富なデータで具体的に述べている。しかし、既存のデータのほとんどは「人間=男性」という歴史的な思い込みによっていて、女性についてのデータが欠けている点を鋭く指摘している。

ファッション界での反性差別の動きと森喜朗氏発言の関係

『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(キャロライン・クリアド=ペレス著、日本語版2020年)

そうしたデータに基づく社会の仕組みは、女性の公的・私的生活のさまざまな面での大きな負担をもたらしている。たとえばフランスのある調査ではフランス人女性の90%が公共交通機関で性的被害に遭っていることがわかったが、そのデータは防止対策にはまったく生かされていない。また米国の研究者による公共交通機関での調査では、性的被害についてのデータが無視されていて、「安全・危機管理における問題や課題は、性別とは関係がない」とのある交通機関の安全・危機管理担当者(男性)の言葉を紹介している。

もっと日常的なことでも、iPhoneの所有率は女性が男性より高いという調査結果が出ているのに、平均的な大きさと重さは男性の大きな手に合うように設計されているという。手の大きさということでいえば、ピアノの標準的な鍵盤は男性の手に合うようになっていて、女性は演奏で不利であるだけではなく、疼痛(とうつう)やけがのリスクが男性より50%も高いという研究結果が紹介されている。

この本の著者は「多くの男女差別は悪意のものではなく、認識の欠如によって生じている」と繰り返し述べている。森氏の発言も、彼自身が特に権威的だったり女性差別者だったりというわけではないだろう。だから辞任を求めるよりも、女性差別が実際に多発していることを認識すること。そして、それによってどのような問題が起きていて、誰がどのような被害を受けているかを知り、解決や改善に向けてまず人々が行動を起こすことが重要なのだ。

2016年にフランスのクリスチャン・ディオールでは初の女性デザイナー(アーティスティックディレクター)に就任したイタリア出身のマリア・グラツィア・キウリは、17年春夏コレクションで「男と女はみんなフェミニストでなきゃ(We should all be feminists)」と書かれたTシャツを登場させた。この言葉はナイジェリア出身の作家チアマンダ・ンゴズィ・アディーチェの本の言葉で、女性の保守的なエレガンスを重視し続けてきたパリのブランドのショーとしては衝撃的な出来事だった。しかし他の主要ブランドにも大きな影響を与え、ジェンダーレスの表現が急速に広がった。

ファッション界での反性差別の動きと森喜朗氏発言の関係

アディーチェの著書名「男も女もみんなフェミニストでなきゃ」との英文字が描かれたTシャツ。クリスチャン・ディオールの2017年春夏コレクションから=大原広和氏撮影

キウリは来日した時に受けたインタビューで、「ファッションという道具を使って、女も男も一緒に議論する場を作る責任を感じている」と語っている。その流れは、男/女、日常着/晴れ着、手作業/工場生産、といったこれまでの対立軸の境目が薄まる動きにつながっている。

今年夏のオリンピックついて言えば、新型コロナの感染拡大が予想外に低下して開催されたら、開催そのものが、その後また急速な感染拡大につながる大きなリスクになるだろう。開催できなければ、過去のオリンピックの歴史や再延期に伴う経費拡大などの理由によって、ビジネスとしては受け止められないリスクになる。どちらにせよそれについての議論が不可欠なのだが、今のところ森氏をはじめとした五輪関係者、そして都民に限らず国民の間でも議論がおざなりな状態こそが、もっと大きなリスクなのだと思う。

ファッション界での反性差別の動きと森喜朗氏発言の関係

新国立競技場

今回のオリンピックはケチが次々とついた。東京大会の招致をめぐる贈賄疑惑による招致委員会理事長の辞任、大会エンブレムのデザイン盗作での白紙撤回、新国立競技場の設計変更、ギリシャでの聖火リレー中止、そして新型コロナ感染拡大という最大の騒動。開催を楽しみにしている人も少なくはないと思うが、中止になる不幸な運命を最初から帯びていたのかも、という気もするのだが。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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