花のない花屋

励まされているのは私の方 娘の笑顔に「ありがとう」

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
高沢八重子さん(仮名) 48歳 女性
東京都
自営業

     ◇

「これから72時間が、山場になります」

8歳のひとり娘の手術を終えた医師のそんな言葉を、私はぼんやりと聞いていました。何とか助かってほしい……。私ができることといえば、神さまに祈ることだけでした。

それは昨年の夏のことです。旅行先で私たち親子が乗っていた知人の車が、大きな事故を起こしたのです。前の席にいた私は軽傷でしたが、後部座席に座っていた娘だけが、大けがを負いました。あとでわかったことですが、頭の骨が割れる大変なけがでした。

娘は救急搬送され、緊急手術を受けました。5時間に及ぶ大手術でした。

そして奇跡が起こりました。その後の72時間を無事に過ごし、娘は九死に一生を得ることができました。

旅先での入院だったので、私は病院の近くにアパートを借り、仕事がある夫は、週末になるとやってきて、つかの間の家族の時間を過ごす。そんな生活が始まりました。

命が助かってくれさえすれば、あとは何もいらない。そう神さまに祈っていた私ですが、大変なけがを負ってしまった娘を思っては、毎日のように涙を流す日々。そんな私をいつも励ましてくれたのは、愚痴のようなことを決して言わない娘の前向きさです。

以前は人見知りなところがあった娘ですが、病院では何かと気にかけてくれる看護師さんやお医者様と楽しそうにおしゃべりをしている姿をよく見るようになりました。大人でもつらいだろう治療も、弱音も吐かずにがんばりました。娘は入院後、事故前より強くなったような気がしていました。

事故の1年前、テレビで見て人の身体(からだ)の仕組みについて興味を持つようになった娘は、将来、医者になることを夢見て、七夕の短冊に書いていました。病気に打ち勝とうとがんばっている同年代の入院中の子どもたちがいることや、献身的に働く看護師さんやお医者様の活躍を間近に感じることができた。今まで知らなかった世界に触れたことが、娘の成長を後押ししたのかもしれない。そんな風に思っていました。

でも入院後、一度だけ涙を見せたことがありました。手術で髪を剃(そ)られた自分の姿を鏡で見たあと、好きなキャラクターを見て、「キキララちゃんは髪の毛があっていいな」と言って、泣いていたのです。私は何も声をかけてあげられず、一緒に泣くしかありませんでした。

このときのことを思い出すと、今でも涙が出てしまいます。

東京へ戻り、再手術を経て退院をしたのは事故から3カ月後のことです。リハビリのおかげで回復も順調で、幸い記憶や運動にもほとんど後遺症は残りませんでした。髪の毛もまだ短いですが、伸びてきています。一時は諦めていた元の学校への復学も、まもなくかないました。ただ、転ぶ可能性などがある激しい運動は禁止。もちろん体育の授業には制約がありますが、例えば大縄跳びでは縄を回す係を担当するなど、できることをがんばっています。

ご飯を食べたり、おしゃべりしたり、眠ったり。以前は当たり前だったそんな娘の動作のひとつひとつが、私にとっての喜びです。生きていてくれたこと。そして娘の前向きさが私を励ましてくれたこと。またいつも笑顔でいてくれる娘に、お花を送っていただければと思います。娘は薄いブルーやミントグリーン、淡いパープルのような色が大好きです。

そして母から言いたいです。「生きていてくれて、そして私を励ましてくれるあなたの笑顔にありがとう」と。

花のない花屋

≪花材≫スイートピー、ヒペリカム、アルケミラモリス、デルフィニウム、アカシア

花束を作った東さんのコメント

娘さんが好きな色の花を集めました。色合いはシックに、だけど花の質感はフワフワしていてかわいい印象も受けるような、そんな花束に。
淡いパープルのひらひらした花はスイートピーです。香りもとてもいいですよ。黄緑色は、先端に細かい花がちょこちょこ咲いているのがアルケミラモリス、実ものはヒペリカムです。ブルーの花はデルフィニウム。ここまで鮮やかな青色なのは、花の中でも数少ないです。
花束を囲む葉っぱはアカシア。シルバーっぽい色合いだけど先端に行くに従って赤みがかっていて、大人っぽい印象を与えています。まだ幼いけど、医者になるという夢も持っていて、しっかりした娘さんですね。ピッタリなイメージの花束じゃないでしょうか。
ひとり娘が事故に遭ってしまって、投稿者様も衝撃が大きいと思います。それでも様々な困難を乗り越えて、今もがんばっている娘さんと投稿者様にどうか喜んでもらえますように。

花のない花屋

花のない花屋

花のない花屋

花のない花屋

(文・福光恵 写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

     ◇

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

励まされているのは私の方 娘の笑顔に「ありがとう」

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

facebook

instagram

http://azumamakoto.com/

PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


子ども4人、にぎやかな我が家へ飛び込んできた一大ニュース

一覧へ戻る

地元での就職や幸せな結婚…… お母さん、あなたの願いを叶えられなくてごめんね

RECOMMENDおすすめの記事