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カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

東京の下町風情を残す谷根千(谷中・根津・千駄木)エリアには、古い建物を活用したカフェや雑貨店などが少なくない。谷中銀座にほど近い「ケープルヴィル 写真館&カフェ」も、戦後すぐに建てられた築約70年の古民家で、1階がカフェ、2階が写真館というユニークな複合形態となっている。そして、オーナーの若山和子さんがこの店に至るまでに歩んできた道のりもまた、かなりユニークかつ起伏に富んだものだった。

「一見関係ない、無駄なことをやってきたように見えるかもしれません。自分がすぐにやるべきだと思ったら、迷わず動くことにしてきました。無理やりにでもやる。やるとあとで理由がわかり、つながるんですよ」

若山さんは大学でフランス文学を専攻後、半年のフランス留学を経て、映画配給会社の日本ヘラルド映画に就職した。在籍中は来日した映画監督や俳優をアテンドするのも仕事の一つ。映像を創り出すプロフェッショナルに接するうちに、若山さんも自分で何かを創造してみたいという気持ちが抑えられなくなり、会社を辞めてボストン美術館附属美術学校に留学する。

その後、フランスのパリ・セルジー国立高等美術学校に編入し、フランスでフリーランスの写真家としての活動を開始。約20年にわたり、カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの三大映画祭でも写真を撮り続けた。中でもカンヌでは、記者会見前の公式撮影(フォトコール)やレッドカーペットを最前列で撮影できるオフィシャルプレスパスを日本人でただひとり与えられるまでに。雑誌の映画記事などで若山さんの写真を目にした人も多いはずだ。

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

若山さんが手掛けた写真

東日本大震災を機に、フランスから祖国へ

異国の地で実績を積み重ね、結婚、出産を経てフランスに根を下ろしていた若山さんの転機となったのは、2011年3月11日に起こった東日本大震災だった。

「外国にいると祖国は常に感じるもの。私はいつ戻るのか、死んでから戻るのか。あの地震が起こった時、もしかしたら日本は島国だから沈没してしまうかもしれない。沈んでしまったら二度と帰れないかもしれない、いま日本に帰るしかないと思ったんです。知人のイスラエル人写真家に『祖国があるのはすごいこと。なんで帰らないのか?』と言われたのも後押しになりました」

フランス人の夫との間には、当時5歳と8歳の子どもがいた。1年くらいの一時帰国なら夫も同行してくれたかもしれないが、夫は若山さんが永住帰国を考えていることを感じ取り、話し合って別の道を歩むことに。2012年末、若山さんは日本での生活環境を整えるために、一時帰国。その時、知人に「カフェを立ち上げるので、その一角に写真スタジオをつくらない?」と声をかけられる。

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

「フランスでも通訳の仕事をやっていたので、帰国後は通訳で生計を立てるつもりでした。でも、誘われた時に、これからは専業の時代ではなく、カフェと写真という複合型がいいと感じたんです。異なったものが集まれば、よりよい場所を作れるんじゃないかと」

そうと決めたら若山さんは行動の人だ。いったんフランスに戻り、カフェに置くための映画関係の本や写真集、アート系の本、絵本を買い揃(そろ)えるなど、準備を進めていった。2013年3月の本帰国後は、すぐ物件探しに取りかかった。若山さんが生まれ育った地域に隣接し、よく散歩で訪れていた千駄木に、古民家を見つけることができた。店内の壁のペンキ塗りなど素人でもできるところはすべてやり、6月にはオープンにこぎつけた。

「古いものに自分たちで手を加えて使い続ける、というのはフランスでは当たり前のことでした。でも、自分でやるのは本当に大変だったので、全然人に勧められませんけど(笑)」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

世界に一冊だけの写真集を作る

大変なのは店がオープンしてからも同じだった。カフェさえ開けば人が来ると思っていたが、そんなことはなく、1日に数人しか来ない日もあったという。写真館の方は、子どもが小さかったこともあり、ママ友が七五三の写真を依頼してくれたりもした。しかし、世界のスターや著名人を撮影してきた写真家としての力量はあっても、写真館の運営は全くの別物だということを思い知らされたという。

「写真を撮ることについてはプロとしてのノウハウがあります。でも、お客さんとの接し方、プリントした写真やデータをどのような形にして渡すか、料金設定はどうするかなど、わからないことだらけで! 20代半ばで日本を出てしまったので、敬語も中途半端。苦労の連続でした」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

そんな中、若山さんは撮った写真を1冊の写真集にするサービスを始めた。毎年撮影して成長記録を残す人、兄弟が増えたからと来てくれる人など、少しずつリピーターが増えていった。

「カフェの本棚にもこの写真集を何冊も置いているのですが、写真を本という形にすることに深い価値があることに気づいたんです。一度作ったら、また来年以降も作って揃(そろ)えたくなる。家の本棚に入れておけば、何度でも見返したくなる。うちの写真集は表面をコーティングしているので、子どもがお菓子を食べた手で見ても、拭き取るだけで大丈夫だし、つくりもしっかりとしたものにしています。そんな価値のあるものを作り出すことのできるブックカフェっていいなと」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

今まで得てきたことを、この場所で還元する

写真集を作りたいという客が増えるにつれ、若山さんは、「ここを潰すわけにはいかない!」という思いが強くなっていった。店の運営が厳しかった分、写真や通訳の仕事で稼いだお金を店に入れ続けた若山さん。カンヌなどの国際映画祭の期間は現地に赴き、撮影を続けた。一方で、カフェのメニュー選定、ワインやチーズの仕入れ、店のイベント企画なども若山さんの仕事。いいものを提供したいと、猛勉強の末、ワインのソムリエとチーズプロフェッショナルの資格も取得した。

「労働時間を考えるとすごいことになっているし、大変です。でも苦じゃない。誰かに命令されてやっている感も、お金のためにやっている感もない。自分が納得できることをやっていると、お客さんはついてきてくれる。それが目に見えて実感できるのがうれしくて」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

店をオープンしてから8年目となる昨年あたりから、ようやく店の売り上げだけで運営できるようになったという。若山さんの2021年の目標は、「経営を学ぶ」。経営とは何かを知らずにここまで走り続けてきたため、改めて勉強してみたいと話す。

「店で出すヨーロッパの家庭料理やワイン、チーズなどはフランスでの生活あってのこと。コミュニケーションを取りながら被写体の魅力を引き出せるのも、映画関係などのポートレートを撮り続けてきたからこそ。自分がいろんな影響を受けてきて、この場所を得られたことによって還元できるようになりました。いま、コロナの影響で人とのつながりや心の支えが減ってきているので、この小さな店がそうしたものを提供できたらいいし、ずっと続けていきたいと思っています」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

オーナーの若山和子さん

■大切な一冊

『かつて…』(著/ヴィム・ヴェンダース)
世界を旅する映画作家ヴェンダーズが、“かつて”の風景や表情を写真に切り取り、散文を綴(つづ)った一冊。

「私は映画が好きすぎて写真の世界に入ったわけですが、映画の一コマというのは、私の原点でもあります。この本は、ボストン留学中に一時帰国した時に、パルコでヴィム・ヴェンダースの展覧会をやっていて、その会場で買ったものです。ヴェンダースは私の心を揺さぶった監督の一人で、この本は、旅で移動するうちに写真や文章が集まり、それらが重なり、ロードムービーのようだと感じました。写真家になったあと、何度かご本人にお会いする機会にも恵まれました。初めて会ったのはベルリンだったと思いますが、『ファンなんです!』と言いました(笑)。ボストン、パリ、日本と移動し続けている私ですが、この本はずっと持っていて、今はお店の本棚に置いています。写真家になる上で心の支えになってくれ、自分にとってのバイブルのような存在です」

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

     ◇

ケープルヴィル 写真館&カフェ
東京都文京区千駄木3-42-7
https://www.capleville.jp/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜日配信となりました。次回は、2021年3月5日の配信予定です。

>>book cafeまとめ読み

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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