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「服」の意味って何だろう。私の一着に、思いをめぐらせて

「服」の意味って何だろう。私の一着に、思いをめぐらせて

撮影/馬場磨貴

『服のはなし 着たり、縫ったり、考えたり』

針に糸を通して縫うことが好きだ。縫うものは何でもいい。雑巾のバッテンでも、穴あき靴下の繕(つくろ)いでも。より見栄えが大事な縫い物や刺繡(ししゅう)は、刺す位置に気をつけながら布に針を通す。私にとってはご飯を食べたり、眠りについたりすることと同じくらいに至福の時間だ。どうしても優先順位は、それらと比べて低くなってしまうのだが。

服は自分で作らなくとも、既製服が十二分にあふれている。そんな時代に、服を手づくりしている行司千絵さんの本をご紹介したい。

ご職業は新聞記者で、仕事がお休みの週末につくる服は、ご自身やお母さま、知り合いの方などが着るもので、これまでに何度も展覧会をされている。つくった服の数は300着近くというから趣味の域とは言い難い。しかし、ご本人はそれをブランドにはせず「ただ在る服」としてつくり続けるという。その言葉の響きがとても素敵で、重みを感じた。

行司さんは、バブル時代の1980年代ファッションやDCブランド服など、好景気を通過してきている世代だ。私自身もおおよそ同じ時代を生きてきたのだが、牛革のコートやリアルファーがトレンドの時もあった。当時は着ているものに命があったことなど考える度量はなく、自分を表現することで精いっぱいだった。

動物を原料としなくても、一着一着に作り手が必ず存在する。リサイクルとして出す衣料品はどこへ行っているのだろう。今頃そんなことを漠然と思うようになってきた私にも、この本は優しく教えてくれる。

とはいえ、アパレル業界書ではない。エッセーでもなく、手芸技法や服のデザイン書でもない。品出しの際にどこの棚へさしこむのか悩んだのだが、読み終えた今もまだ分からない。

「おめかし」し過ぎないスタイル

偶然にも京都で開催された刊行イベントの告知をネットで見つけ、オンラインで参加することができた。画面に映る行司さんの姿は、序盤少し緊張されている様子だった。服装はご自身で編んだ赤いセーターに、コートの生地で縫われた暖かそうな黒っぽいスカート。本にも載っている、小さい頃から集めたビーズで作ったネックレスを二重に着けられていた。

なんというか、はた目から見るとわりと普通の格好に見えるのだが、素材や絶妙なセンスの良さ、着るたびに服が体になじんでいる様子がうかがえた。ご本人は「おめかし」し過ぎないようにしたと話されたのが、とても腑(ふ)に落ちどこか安心した。

トークの中で、普段書いている新聞記事とは違い、書籍の執筆は自分を出すのが大変だったとおっしゃっていた。ご本人の服づくりに対する思いはもちろんだが、記者であるがゆえの取材や裏付けなどの正確な情報が、行司さんの言葉で書かれている。その文章は「おめかし」し過ぎない著者のスタイルと重なる気がした。

服づくりは記事の原稿書きと似ている、というお話も興味深く拝聴した。記者として、つくり手として、人を見て真摯(しんし)に向き合っておられる。文章でも、服でも、そこには真実があって、それを見つけようとする姿勢を感じる。ファッションスタイルは、その人の身体(からだ)の内側から皮膚、被服を通して表れるものなのだなと改めて思い至った。

服を着ない人はいない(民族によってはまとわない種族もいるだろうが何かは身につけている)。何を重点に服を選ぶのかはもちろん自由であるし、人それぞれだ。装いは表現の手段として大きな役割があるが、自身の肌と常に触れ合っているものだから、健康面での作用も否定できないと考える。毎日を快適に過ごすためにも、色んな面で負担のない優しい素材を選びたい。

アパレル業界も大きな転換期を迎えている。売る側も消費する側も、その方法に変化が生じてきている。そんな時代に直面するなかで、はて自分にとっての一着とは何だろうと考える。ファッションとは装いのみならず、色んな意味があり、様々な立場に思いを馳(は)せることができる深いものだと、気づきをくれる一冊だった。

(文・岩佐さかえ)

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    岩佐さかえ(いわさ・さかえ)

    女性向けフィットネスジムにて健康・美容相談を受けながら、様々なイベントやフェアを企画。自身がそうであったように、書籍を通して要望にお応えできたらと思い、蔦屋家電のBOOKコンシェルジュに。「心と体の健康=美」をモットーに勉強の日々。

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