年下男性にときめいて…… リアリティーを生む固有名詞の力
文: 蔦屋書店 コンシェルジュ

撮影/馬場磨貴
『今も未来も変わらない』
普遍的な文学とは何だろう?
難しい話だし、自分が明確な解を出せるような容易なものではないことはわかっている。それでも誤解を恐れずに言ってしまえばそれは、どのような時代に書かれていても、どんな国の人が書いていても、読めばそれが自分のために書かれたものだと共感できるような作品のことを指すのではないだろうか。
そう考えると、作品の中で限定的な時代の風俗を取り扱っていたからといって、それゆえに普遍的な文学ではないとは言い切れないはずだ。
今回紹介する長嶋有は、昔から作品の中に特定のジャンルの固有名詞を多く出してきた作家だ。それはテレビ番組の名前だったり、漫画の名前だったり、国民的アイドルグループの名前だったり、その固有名詞を知らない人が読めば「?」となってしまうものも多い。
そして例に漏れず、新作の『今も未来も変わらない』にもたくさんの固有名詞が出てくる(もしかしたら今までの作品の中で一番多いかもしれない)。DA PUMP、星野源、安室奈美恵、ザ・クロマニヨンズといった具合に、時代を反映したアーティストばかりが取り上げられている。作中に主人公である小説家の星子は友人の志保とカラオケに行く場面が多いことから、おのずと歌や歌手の名が登場してくるわけだ。そうすると一見、特定の時代の情報をたくさん盛り込んだだけの作品とも受け取られてしまいそうである。
しかし特定の時代を反映した固有名詞がたくさん出てくるものの、描かれているテーマははるか昔から文学の題材として扱われてきた、恋愛や友情や親子関係である。
描かれる“本質”
星子は夫と離婚して高校生の娘である拠(より)と二人暮らしだが、ある時映画館で知り合った大学院生の称(かなう)と、恋人のような友人のようなどっちつかずの関係になる。多くの文学で若い主人公が年の離れた相手に恋をする図式が描かれるなか、この作品では若い男性に迫られている女性の心理が描かれる。
ただそこは離婚も子育ても経験している女性なだけあって、簡単にときめいたりはしない。そこの具合がたまらなくリアルであり、女性でもなく離婚経験も子育て経験もない自分でさえも共感してしまった。
星子の日々の出来事の描写であるこの小説が、今を生きる私たちのみならず、後生に読まれたとしても、リアリティーをもって共感を生むであろうことは想像に難くない。それは恋愛や仕事や子育てや加齢など、多くの人が人生で経験していく事柄の本質を捉えているからである。
知らぬ間にカラオケから歌が載った「歌本」がなくなり、代わりに「デンモク」という機械が主流になったことに、時代の変化と自らの加齢を感じる。あるいは、ある特定の期間の変化が自分の中からすっぽり抜け落ちているのは、娘の子育てをしていた時期だと気づく。こうした描写は、その最たる例だ。そしてその事象にリアリティーをもたらすために、同時代的な固有名詞が添えられているのである。
小説の最後では「今も未来も変わらない」ものとして、あるものが記される。それはここでは書かないが、読んでみると拍子抜けしつつも妙に納得してしまう固有名詞だ。それはたしかにこの小説が発表された2020年以降もきっと変わらずに、後世の人が読んでも共感し、納得することだろう。そういう意味では、その“もの”も、そしてこの小説も普遍的なものであると言えるのだろう。
(文・松本泰尭)
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