完全無欠のコッペパン。知ってはいけないシェフのこだわり/みなと街ベーカリー
文: 池田浩明

名前通り、新潟港の近くにあるベーカリー。店名も、パンの品揃(ぞろ)えもなんだかレトロ。でも実は、さりげなく先端を行く一軒なのである。
1日4、5種類が並ぶ名物のコッペパン。てっぺんの濃厚な焼き色が下っていくにつれ、うつくしいグラデーションを描いている。完成度の高さゆえに、聞いてみるまでまったく気づかなかった。なんと自家培養発酵種で作られているのだ。高井淳志シェフはつぶやく。
「コッペパンをこんなに手間かけて作ってる人いるのかな?」
ヨーグルト種、酒種、レーズン種と3種のパン種を使用、発酵に合計20時間(一次発酵、ベンチタイム、二次発酵)ほど。スプレッドもすべて自家製。

白桃ジャムコッペ
手間をかけただけある味だ。ゆーっくり沈み、ゆーっくり戻る。このもっちり感はもはやラグジュアリーな域だ。しっかり焼いた、甘く香ばしい上皮。「ラムレーズンコッペ」では、濃厚なバタークリームの香りが口へ鼻へとあふれまくり、大ぶりなレーズンから放たれる果汁とラムの芳香が、ミルキーさをより狂おしいものにする。パン酵母(イースト)の余計な香りに邪魔されず、心地よさは完全無欠なのだ。
それぞれの発酵種に意味があり、3種が互いに働きあってハーモニーが生まれる。
「ヨーグルト種が乳酸発酵したあとでアルコール発酵(酵母による発酵)することで、パンに旨味(うまみ)が加わり、コクが出ると思います。ヨーグルトは発酵力が強くて、パンにボリュームも出ます。種として優秀です」
酒種とレーズン種はコッペパンらしいほんのりとした甘みを生地に付け加える。発酵の管理も巧みで、酸味もなければ、ボリュームも出ておらず、パン酵母とまったく遜色がない。
高井シェフは種だけではなく、国産小麦の特徴も熟知する。コッペパンに使用されるのは、北海道産の小麦「はるきらり」「春よ恋」。食パン用には「ハルユタカ」と、品種の選択にもうならされる。

はるゆたかの角食パン
その「はるゆたかの角食パン」。つーんとフローラルな香りが鼻へ抜けたあと、はちみつのような華やかな香りがほのかに流れ、もわんとした食感の生地は唾液(だえき)を吸い込んでとろーんとなり……なつかしい系食パンの香り、食感を、発酵種によりもうワンステージ上質に表現。淡いけれど確実な、くぐもった麦の香りの広がりはいかにもハルユタカらしい。

はるゆたかの巨峰パン
上記と同じ生地を使った「はるゆたかの巨峰パン」(季節商品)。レーズンの巨大さに感動。生産者から取り寄せた巨峰をお店でセミドライにと、ここでも手間をかけまくる。ぶどうジュースがすごい。もうごくごく飲めるぐらい。一方、ハルユタカもミルキーに。パンを食らっては、ぶどうをむしゃむしゃ……と本能のまま原始人のように飲めや歌えを自分がしているような錯覚を覚える。
「石臼挽(ひ)き全粒粉の硬パン」はいわゆるカンパーニュ。見て焼き色に感嘆し、食べておいしさに涙した。濃厚に焼いた皮の渋み、甘み。中をむくと現れるぴかぴかの中身。ふわもっちりと沈み、しっとりやわらかさゆえに、噛(か)み締める前にほどけ、麦のジュースが喉(のど)を下る。ルヴァン種由来のブランデーのような芳醇(ほうじゅん)さが鼻に、レーズン種由来のフルーティーな甘さが舌を楽しませる。

石臼挽き全粒粉の硬パン
これだけレベルの高いことをやりながら、店内でそれをまったく謳(うた)わず、普通の町のパン屋然としたたたずまいで営業するのは、なぜなのか。
「こだわりを伝えないのがこだわりです。先入観なしで食べてもらって、おいしかったらまた来てほしい」
ここまで読んでくれた方、いま読んだことは忘れてほしい。そして、ぜひ新潟に行って、無心でパンと向き合っていただきたい。

外観
みなと街ベーカリー
新潟市中央区赤坂町2-3188-12
025-378-3643
9:30〜無くなり次第閉店
日・月曜休
http://minatomachi-b.com
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池田さんからのお知らせ
BS朝日「パンが好きすぎる!」(土曜10時30分)出演中。池田浩明と、ゴスペラーズの酒井雄二さん。パンが好きすぎる2人が数々のパンを味わいつくす、新感覚のパン・テイスティング番組です。