花のない花屋

私に人生をくれた“あしながおじさん”へ

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
中東生さん 51歳 女性
フリージャーナリスト
スイス在住

    ◇

「本当に留学したい気持ちがあるなら、50人に手紙を書いて資金援助を頼むといい。そうやって大成した人は少なくないんです」

学食のおじさんにそうアドバイスされたのは、私が大学の声楽科で学んでいた1991年のことです。卒業後はオペラ歌手になるため留学しようと準備を重ねていましたが、直前になって父の勤めていた会社が倒産。留学資金のメドが立たなくなってしまったのです。

途方に暮れていたのですが、この言葉に奮起して会社経営者や編集者などを探し出し、50人へ思い切ってこんな手紙を送りました。 

「10歳の頃から夢に向かって必死で勉強してきました。本場で学ぶために、どうしても留学を実現させたいのです。現地で通訳のバイトでも何でもしますので、資金を援助していただけませんでしょうか?」

手紙を送ったのは、もちろん会ったこともない方ばかり。ダメで元々と思いつつ、返事を待ちました。

と、まもなくたったひとり、私の願いをかなえてくれた方がいたのです。その方は私も読んでいた有名女性誌の編集長でした。

電話をもらいさっそく会いに行くと、出発までの数カ月、編集部でのバイトと、留学後はその雑誌の最新号を読んでの感想や、現地のトレンド情報などを書いて送るというバイトを用意してくれるとのこと。

うれしい申し出に、その理由を尋ねると、「実は私にも留学を志している娘がいます。だから夢を追いかけるあなたの気持ちはよくわかる。その一方で、娘の夢をかなえてあげられないあなたのお父さんの気持ちもわかるので、少しですが役に立てればと思いまして」と、たんたんと話してくれました。今ならあり得ない、見ず知らずの私への援助。それでも当時は、編集長のような方が本当にいたのです。私はありがたく受けることにしました。

そのおかげで私は無事、留学に出発。現地で学びながら、バイトとも言えない作業をしては、“給料”を振り込んでもらいました。

振り込みは不定期だったので、経済的にピンチで、「もうだめだ……」と諦めかけると偶然、振り込みがあった、ということもよくありました。編集長は、私にとって、まるで“あしながおじさん”のような存在だったのです。

そして編集長の振り込みに何度も助けられながら、オペラ歌手としてデビューも果たし、もう大丈夫と思えるようになるまで、何と7年間も、編集長は“あしながおじさん”を続けてくれました。

この頃には私の結婚も決まり、「どうしても会ってもらいたい人がいる」と、夫と2人で編集長を訪ねました。夢のオペラ歌手になれたこと、そして結婚することを報告し、これまでの援助のお礼を伝えました。「それはよかったですね、おめでとうございます」。編集長は7年前と同じ、たんたんとした口調で、でもうれしそうに言ってくれました。

しかし私はまもなく声域が変化してしまい、結婚の3年後にはオペラ歌手を廃業せざるを得なくなりました。編集長とは折に触れ、手紙のやり取りをしていましたが、再び会うことがかなわないまま、20年もの月日が過ぎていきました。

そして突然、編集長の奥さまからはがきが届きました。編集長が亡くなったことを知らせる喪中はがきでした。

あれほどお世話になった編集長への不義理を心から後悔しながらも、会ったことのないご遺族に、私の感謝と喪失感をどう伝えてよいのかわからず、手紙を書きかけてはやめるようなことが続き、気がつけば1年近い月日が経ってしまいました。

私の人生は、編集長がくださったもの。そんな深い感謝の気持ちを込めた花束を作って欲しいです。

花のない花屋

≪花材≫スカビオサ、ニゲラ、バラ、スイートピー、マトリカリア、ブバルディア、カーネーション、チューリップ、ワスレナグサ、ホワイトスター、ポリシャス

花束を作った東さんのコメント

まさに現代の“あしながおじさん”のようなお話ですね。近ごろはなかなかない話なんじゃないかなあ。残念ながら実際には見ていただくことはかなわなかったということなので、弔いの気持ちも込めて白を基調とした花束にしました。器も白で合わせました。
花束をぐるりと囲んでいる白い花はスイートピーです。黄色はまだつぼみのチューリップ、これから開きます。細かい、青い花はワスレナグサ。同じ青ではニゲラも使いました。ピンク色はスカビオサ、オレンジ色はバラ、小さな白い花はマトリカリア、赤い花はブバルディア。カラフルだけど温かみがあって、優しさを感じていただけるような花束にしました。
時代にかかわらず、見ず知らずの人に手を差し伸べられるのは素敵なことですね。あとは花が感謝の気持ちを伝えてくれると思います。

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(文・福光恵 写真・椎木俊介)

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

私に人生をくれた“あしながおじさん”へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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