book cafe

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

神奈川県茅ヶ崎市内の住宅街に両親が遺(のこ)した土地をどう活用するか? 今回は、そこに住居兼ブックカフェを作った一人の女性の物語。

JR東海道線辻堂駅からバスで約10分、茅ヶ崎を東西に走る「鉄砲道」から一本入ったところにある「BOOK PORT CAFE」は、2020年5月末にオープンした。店主の山根擁子さんは、この町で生まれ育ち、結婚後に札幌で暮らし、2016年に再び茅ヶ崎に戻ってきた。

両親が本好きで、小さい頃から本に囲まれて育った山根さん。自身の子育て中も、地域の子どもたちに本の楽しさを伝える「読書活動」や、図書館や高齢者施設などで昔話を話す「語り」の活動をしてきた。当時住んでいた札幌の自宅の近くには「くすみ書房」という伝説的な書店があり、ここで9年間、書店員として働いたこともある。

「もともと本が好きですから、本に接することができ、なおかつお金がいただけるなんて、とにかく幸せで楽しかったです」

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

2015年に閉店した「くすみ書房」は、店主の故・久住邦晴さんが経営危機を挽回(ばんかい)するために展開したユニークな集客活動で知られる。名著なのに売れずに埋もれている本を集めた「なぜだ!? 売れない文庫フェア」や、読書離れが進む子どもたちへの推薦書を並べた「中学生はこれを読め!」といった独自のフェアは全国の図書館や書店にも波及。当時はまだ珍しかったブックカフェ「ソクラテスのカフェ」もオープン。山根さんは書店員としてこれらに働きながら、「ソクラテスのカフェ」では、好きな小説をおすすめし合う「小説ならこれを読め」という読書会などを主宰した。

「読書活動や語り、くすみ書房での仕事を経て、本を通して人とのコミュニケーションをとることの楽しさを知っていったのだと思います」

人生が収束するなら、やりたいことをやろう

茅ヶ崎に戻ってからも書店で働いたり、大船にある書店「ポルべニールブックストア」との交流が始まったり、読書会を開くなど本との関わりを続けていた山根さんは、亡き両親が遺してくれた実家の敷地の一部を本との出合いの場として活(い)かしたいと思うようになる。

「年を重ね、この先、人生が収束していく方向にあるのは自分自身面白くないなと。それならやりたいことをやろうと思ったんです」

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

土地は細長くて傾斜もあったが、思い入れがある実家ということで、建築家をしている兄が知恵を絞り、木を多用した、落ち着いた雰囲気の住居兼店舗を設計。2019年9月に着工し、2020年3月オープンの予定で準備を進めていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で予定が大幅に狂ってしまうことに。しばらく様子を見ていたが収束の見通しは立たず、「どこかで思い切らないと」と、5月末にオープンした。

本の貸し出しサービス「舫い本」

門扉(もんぴ)から木製の通路を通って店内に入ると、両脇の壁に本棚が並ぶ。約1200冊の本は山根さんの蔵書で、山根さんが好きな辻邦生や詩人の長田弘をはじめ、小説や人文書、絵本などが揃(そろ)っている。色あせた本も目立ち、山根さんが大切に読み続けてきた様子がうかがえる。本は店内で自由に読むことができ、コーヒーや自家製ケーキなども味わえる。じっくり本棚を眺めていると、ところどころに本ではなく「舫(もや)い中」と書かれた木の板が差し込まれていることに気づく。

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

「それ、代本板です。去年の8月から本の貸し出しサービスを始めまして、『舫い本』って呼んでいます。舫うとは、船と船、船と岸をつなぐことを指す言葉。本と人、本と本、人と人をつないでいきたいという思いを込めました」

昔、学校の図書館で本を借りたとき、その本があった場所に板を差し込んだ記憶がある人もいるのではないだろうか。初回登録料500円(1冊分の貸出料を含む)を払うと、専用の「代本板」を用意してもらえる。台形にカットされ、柿渋色に塗られたお手製のものだ。本棚の「代本板」を見ていると、誰がどんな本を借りているのか気になってくる。2回目以降は1冊100円、貸出期間の目安は3週間だ。

「図書館ではないので、返却期限を厳密に決めているわけではありません。またお店に来られたときに返してくだされば」

「舫い本」のアイデアは、ある来店客との会話から生まれた。その人は、棚ごとに本の売り主が異なるシェア型の書店「ブックマンション」(吉祥寺)や「BREWBOOKS」(西荻窪)で棚を借りて本を販売している30代の男性で、「こんぶトマト文庫」さんという。

「私が通っていた学校では代本板がなかったので知らなかったのですが、こんぶトマト文庫さんに仕組みを聞いて『面白い!』と思いまして。店の代本板も彼に作っていただきました」

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

コロナ禍だからこそ、本と人をつなぐ場を

こんぶトマト文庫さんとはこれまでもイベントを一緒に企画したことがあり、4月からは2人で新たな試みも始める予定。こんぶトマト文庫さんが独自に選書を行い、店のひと棚を使って“80cmの本屋さん”を開店するという。

「悪い状態を元に戻す意味の『恢復(かいふく)』をテーマに、彼が選書し、本を仕入れます。これらは新刊本や古書で、販売もします。もともと店にある本と親和性を持たせつつ、違った世界を見せてくれるのではないかと、私も楽しみにしています」

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

店では開店当初から、不定期で読書会やビブリオバトルなどのイベントにも取り組んできたが、新型コロナの感染拡大が続く中、思うように開催できないのが現状だ。

「オープン前からずっとコロナ禍が続き、この先もしばらくは変わらないと思います。でも、この場所と本があることで、人とのコミュニケーションが生まれている。ここで本を読みながらくつろいでくださる方がいたり、本をきっかけに会話を楽しむ人がいたり。思い切ってやってよかったなと思っています」

店のコンセプトは、「本は人生の羅針盤」。この店が、人生の大海に繰り出すための小さな港であり、本が行く先々を照らす。そして、ここに集う人たちを“舫う”場にもなる。新型コロナで先行きが見通しづらい中だからこそ、ここに宿る安らぎと温(ぬく)もりはいっそうかけがえのないものに感じられた。

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

店主の山根擁子さん

■大切な一冊

『奇跡の本屋をつくりたい くすみ書房のオヤジが残したもの』(著/久住邦晴)

ユニークな企画を次々と打ち出し、地元だけでなく、遠方からも客が訪れ、愛された札幌・くすみ書房の店主が著者。書店をたたんだ後に病が発覚し、2017年に他界した久住さんの遺稿を集めた。

「久住さんがよく言っていたのは、『本にすべての答えがある』ということ。久住さんは本の力を本気で信じていたのですが、それを大上段に振りかぶることは決してなく、『この本、いいよ』とにっこり笑ってそっと手渡してくれる感じでした。そういう本屋のあり方を間近で見て、そういう場を私も作っていきたいと思うようになりました。経営が大変でいろんなことがあったと思うんですけど、長く読まれる本を次に手渡していく本屋のあり方が記されていて、私も多くのことを学びました。久住さんの姿勢から受けた影響は大きいです。この本は、私がいまやっていることを裏打ちしつつ、先の道を照らしてくれるような存在です」

コロナ禍の中で開業 本と人を結ぶ場所「BOOK PORT CAFE」

     ◇

BOOK PORT CAFE
神奈川県茅ヶ崎市富士見町5-11-1
https://bookportcafe-2020.amebaownd.com/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜日配信となりました。次回は、2021年3月19日の配信予定です。

>>book cafeまとめ読み

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

カンヌ公認写真家が営む古民家カフェ 「ケープルヴィル」

一覧へ戻る

“まちの本屋”存続のためのチャレンジ 「石堂書店」

RECOMMENDおすすめの記事