30歳からのコンパス

「嫉妬も不安もあった」友近さんがたどり着いた幸せとは

女性にとって30歳は、結婚、出産、キャリアなど、生き方を考えるうえでの節目です。女性の選択肢が広がるいま、様々な分野でご活躍されている方々が、どのような30歳を過ごし、その後どのような選択をしたのか、3月8日の国際女性デーに合わせ、友近さん(47)に聞きました。芸歴20年、芸人の世界で第一線を走り続けてきた友近さんの幸せとは――。

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演歌歌手の水谷千重子とか中高年プロアルバイターの西尾一男とか、いろいろなキャラをやっていますけど、ジェンダーについてあまり気にしたことがないんですよね。西尾一男は、おじさんが好きすぎて「自分がおっさんになってしまおう」と作ったキャラです。女性の情念を描いた五社英雄監督作品も好きです。「壮絶な人生を送る女性が、一度覚悟を決めたらめちゃくちゃ強くなるんだな」と感動した映画「吉原炎上」など、五社監督作品をモチーフにしたネタもあります。

20年近く前は「劇場だと、男芸人目当ての女の子のファンが多いから、女芸人って不利ですよねぇ」って、芸人も周りのスタッフさんも言っていましたけど、私は「え? 面白いこと言えば、女の子も笑うでしょう」とずっと思っていました。「女芸人になんで『女』をつけるのよ」って言う人がいますけど、「いや、女だからいいんじゃない」って思うんです。以前、大阪の番組で、男性陣と女性陣で意見が対立するという場面があったんですけど、私はその時、男性陣の意見と同じだったんですよね。そこで女性に合わすのも変だし……。男性対女性というバトルはあまり興味がないですね。

「嫉妬も不安もあった」友近さんがたどり着いた幸せとは

30歳、一番とんがっていた

30歳のころは一番とんがっていたと思います。「面白いと思われたい」という思いが何よりも強かったです。ほかの芸人のネタを見ても「これなら、私のほうができたんちゃうかな」という嫉妬もありました。器用な人より不器用な人のほうが愛されるし、難しい世界で。「なんで?」と感じる時もありました。

東京の番組に出始めて、大阪から通うのが大変になったので、33歳のころから東京に住むようになりました。地元の愛媛から大阪、大阪から東京と、場所は変わっても、やっていることは変わらず、常に「面白いことを考えるのみだな」と思っていました。ここ10年は、自分のスタイルは元のままで、キャラを大きく成長させることに集中してきたので、人のことを気にしている場合ではなくなりました。

37~39歳ぐらいの時は、「もし、いい人ができて結婚ってなったら……」と考えた時に、結婚と仕事を天秤にかけていた気がするんです。いったん「休業」となったら、「自分のポジションを誰かに奪われるんじゃないか」「戻って来る場所がないんじゃないか」という思いは、芸人ならあるのではないかと思うんですよね。

40歳を過ぎてから「天秤にかける必要ないな」って思い始めました。「結婚もして、仕事もしたらええやん」て。いまは、不安ていうのはないです。ちょっとずつ自分のやりたいことが実現していって、いろんな方に認めてもらえるようになって、「戻って来られないなら、戻って来られないでいいわ」って割り切れたというか。自分のことを必要だと思ってくれる人は場所を空けてくれるだろうし、「友近がいなくてもいいやろ」と思っている人は、場所を空けないやろうし。年齢とともに考え方も変わりますね。

友近さん

この業界で年を重ねて思うことは、「いま自分ができることって何かな」と考えることです。料理でも何でもいいんですけど、何かするだけでも達成感あるじゃないですか。「こんなこともできたんやし」「あの状況でこんなこと言えたんやし」っていうのを、ちょっとずつ増やしていくと、自信になると思います。自分のやりたいこと、磨いていきたいことをやるしかない。人生一度きりなんで。人と自分を比べるなんて、時間の無駄です。

自分で道を切り開くと、嫌なことがあっても、全部自分の責任だし、人のせいにしなくて済む。いいことがあれば「あ、こんなに自分は頑張れたんだ」と思える。それから、言いたいことをはっきり言えば伝わることも多いし、思いのほか理解してくれる人も多いです。何も言わないのが一番何を考えてるのかわからないです。言葉を選びながら、自分の気持ちを伝えるのもすごく大事です。

30代もいまも、人に笑ってもらえる、笑い声が聞こえてくる、というのは幸せなんですよね。特に、ライブだとダイレクトに返ってきます。アドレナリンが出ますね。全然疲れないです。毎年、ホールで開催するライブのチケットが完売すると、20年ずっと単独ライブやってきてよかったなと思いますし、一番幸せです。

友近さん

テレビだけやっていたら、今の自分はいなかった

水谷千重子は8年間やっています。水谷千重子はデビュー50年目の設定ですけど(笑)。ひとつのキャラを、飽きさせず、色あせさせず、持続させるのは、新ネタを考えるよりも難しいです。そのためにはライブも必要で、全国47都道府県でコンサートをしています。「水谷千重子50周年記念公演」では、お客さんも「50年前から応援していましたよ」という顔で座ってくれてるんですよ。「集団コントが成立してるな」と思った時に、水谷千重子のキャラが大きく成長するなと確信しました。

70~80代の方が水谷千重子を応援しに来てくれているのを見ると、涙が出そうになります。「テレビで見たことある人が、笑かしてくれて、歌ってくれる。そして自分の町に来てくれた」と喜んでくれる人たちのエネルギー源になっていると思うと、やめられないです。地元の子どもたちもバックダンサーをやってくれています。人とふれあうのは昔から好きです。

私自身は照れがありますが、水谷千重子を通してふれあえるし、素直な温かさが伝わるんですよね。テレビだけやっていたら、今の自分はいなかったんだろうなと思います。でも地方に行けば行くほど、「テレビに出てる友近さんだ」って喜んでくれるから、テレビにも出続けて、ライブをやるというバランスは常に考えていますね。

新型コロナの感染拡大でコンサートを延期・中止していましたが、昨年12月には水谷千重子のディナーショーを開催して、今年の6月には東京・明治座、6~7月には福岡・博多座での公演が決まりました。一緒にやってくださるメンバーも、自分が好きなファンの方にオファーさせてもらっています。共通点はおそらく、女がどうだ、男がどうだって言わない方々! 「そんなことよりも、みんなで面白いものを作ろう」という人たちが集まってくれたので、すごく楽しみですね。西尾一男の初ディナーショーも延期になってしまったので、どこかで開催したいです。「これ、みんな同じ人がやってるのか」みたいなライブが海外でもできたらいいなと思います。

地元・愛媛に里帰りすると、奥道後温泉に行くんですよ。愛媛を離れるまでは、あまり行かなかったんですけど、すごく癒やされるんですよね。伊予観光大使も務めているので、愛媛を楽しんでもらえる最高のプランを提案する「友近ツーリスト」もぜひやりたいです。

(&編集部 文・天野みすず/写真・林紗記)

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友近
1973年生まれ。芸人。愛媛県出身。2000年に吉本総合芸能学院(NSC)に入学。02年、「R-1ぐらんぷり2002」でファイナル初進出。03年にNHK上方漫才コンテスト優秀賞、NHK新人演芸大賞で大賞を受賞。16年、水谷千重子「キーポンシャイニング歌謡祭」ツアースタート。水谷千重子のインスタグラムのフォロワーは34万人を超える。YouTubeの友近/楽演チャンネルのフォロワーは約7万人。

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