スリランカ 光の島の原石たち

時を超えたセレンディピティーな出会い 素焼きのお皿に描かれた不思議な絵の秘密

写真家・石野明子さんが、一家で光の島・スリランカへ移住して4年目を迎える中で見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章で綴(つづ)る連載です。第7回は、石野さんがコロンボで偶然であった、不思議なモチーフの器のお話です。他にはなかなか見かけないタイプのお皿に目を見張ってしまったそうです。作家がその絵柄にたどり着くまでの、様々な“出会い”の物語。スリランカは、日本の食器メーカーが工場を建てるほど、陶器の産地ということにも驚きです。

>>不思議な魅力の器たちを、ぜひフォトギャラリーでも。

     ◇

私は日々の仕事中のランチを、運営するフォトスタジオのSNSに投稿している。ランチの9割はスリランカカレーなので、どうせなら盛るお皿もスリランカで作られたお皿に盛りたいと、街にでた時には常々写真映えしそうなメイド・イン・スリランカのお皿を探している。

そんな中コロンボの雑貨屋で、素焼きのお皿に体がライオンで顔が人間の不思議な動物や、スリランカの植物がデフォルメして描かれたお皿を見つけた。土の優しい手触りと、温かみのある彩色。こんな愛らしい独創的なお皿は見たことがなかった。その雑貨店ではお皿の横に作家の写真と名前が。その人はジャナキ・ランムトゥガラさんという女性だった。お店の人に頼んで彼女の電話番号を聞き出し、彼女に取材したいとお願いした。

スリランカ

スリランカでは素焼きのお皿や鍋、水差しは普段使いされるものでどの家庭にも必ずある。釉薬(ゆうやく)を使わない、いわゆる「テラコッタ」と呼ばれるものだ。素焼きのための土が豊富に採れる地域では、商品が道端に山積みにされ売られているのをよく見かける。素焼きの原料は赤土。スリランカの内陸の町、ダンブッラの世界遺産である黄金寺院の涅槃(ねはん)像は全身が金色に塗られているが足の裏だけは赤く塗られている。それはスリランカが豊かな赤土の大地で、ブッダがその大地を歩いたからだとされている。

スリランカの素焼きの歴史は王朝時代(紀元前5世紀~)から脈々と受け継がれている。古代では日用品はもちろんのこと、遺体を安置する入れ物も作られていたそうだ。磁器に適した原料も採れることから、焼き物の技術の素地を生かし、イギリス統治時代(1815年~)にはティーカップなどの欧風食器の制作も始まった。そうしたこともあって実は日本の有名食器メーカー、「ノリタケ」も50年近く前からスリランカの内陸部、マータレーという町に工場を持っている。

コロンボから50キロほど北上すると、素焼きや陶器作りが盛んなダンコツワという町に入る。路面にオレンジ色の素焼きを並べるお店が増え、商品の奥には「ドラゴン窯」と呼ばれる長い窯も見て取れる。さらにそこから10kmほど内陸に入ったリヒリヤガマ(Lihiriyagama)という村にジャナキさんの工房はある。

ワクワクさせてくれる器

「私を見つけてくれてありがとう」とジャナキさん(68歳)が穏やかな笑顔で迎えてくれた。たくさんのヤシの木が大きな揺らめく影を落とし、小鳥の声が絶え間なく聞こえるとても自然豊かな場所。工房や工房隣の自宅、大きな庭に彫刻や陶芸作品があふれていた。

時を超えたセレンディピティーな出会い 素焼きのお皿に描かれた不思議な絵の秘密

「夫や私の作品ですよ。夫とは入学した美術の大学で知り合ったんです。恋愛結婚でした。私が絵を描き始めたのは、絵が好きだった父の影響なんですが、芸術家と結婚したいといったら最初ものすごく反対していましたね」と懐かしむように話すジャナキさん。大学ではファインアートを専攻していた。器づくりと出会ったのは、夫となったサラス・チャンドラジーワさん(66歳)との作品の共同制作がきっかけだった。サラスさんは素焼きやガラス、様々な素材を用いた立体芸術を得意とする芸術家。ジャナキさんはそれまで平面での作品作りに取り組んできたが、手触りや自分で形がデザインできる素焼きの面白さに目覚めた。

私が雑貨店で見たお皿以外にも、ジャナキさんの工房では鉢植えやお香立て(敬虔〈けいけん〉な仏教徒が多いスリランカでは、ブッダへの祈りの際や蚊よけにもよくお香をたく)も作っていた。それらは丸みが美しく、幾何学模様が彫り込まれ、どこの国のものとも言えない、古代のような現代のような不思議な魅力を纏(まと)っていた。

時を超えたセレンディピティーな出会い 素焼きのお皿に描かれた不思議な絵の秘密

「日用品だからこそ、美しいものがそばにあるって幸せじゃありませんか?」とジャナキさんが作品のひとつを手に取り、優しくなでながら話す。たまに、スリランカの素焼きに模様が描かれたものを見たことはあるが、ジャナキさんの作品のようにワクワクさせてくれるものはなかなかない。「私は絵を学んだ基礎がありますが、 スリランカの他の素焼きは焼き物の職人がささっと描くことがほとんどでしょうね」と教えてくれた。

器に描かれた、不思議なモチーフの秘密は

学生の頃は写実絵画を描いていたというジャナキさんだが、お皿に描かれた絵はまるで神話の世界のような、ファンタジーのような。どうしてこの絵を描き始めたのだろうか。ジャナキさんに問うと大きなファイルをどさっと持ってきてくれた。建造物の壁画や寺院、旗などに描かれていた王朝時代の絵画をモチーフごとにまとめた図録だという。「(私がお皿を見つけた)雑貨店の店主は写真家でもあり、友人でもあるんですが、ある日、面白いものを見つけたよ、と見せてくれたんです。とても刺激的でした」。スリランカの自然や王朝時代の人々、動物たちがモチーフになっているのだが、大胆に線が省略され、デフォルメされていたり、人間と動物と植物が融合していたりとその発想は自由だった。まるで現代アートのコラージュ作品のよう。

時を超えたセレンディピティーな出会い 素焼きのお皿に描かれた不思議な絵の秘密

ジャナキさんはキャンバスとして、丸や四角、楕円形(だえんけい)の素焼きのお皿を作り 、図録の絵をモチーフに描いた。フリーハンドで描かれる線が特別な愛らしさと神秘さを醸し出している。色付けは自然由来の優しい発色の顔料を使い、ジャナキさんの感性で色付けしていく。「これは面白い!」「この表現には同意できないな、私ならこうする」と時代を超えて元の絵を描いたアーティストに心の中で話しかけながら作品を作っている。これがあの独創的なお皿を生み出していた秘密だった。

予期せぬものに出会える喜び

「お皿に描かれているモチーフはスリランカのどこかに必ずあるものなんです。歴史的寺院の壁だったり、王朝時代の家具の装飾だったり。この絵と同じものがどこかにあるなんて、ロマンを感じませんか?」

絵に奥行きを排除し、平面性を強調すること、あえて表情に感情をのせないこともかつてのスリランカ美術の特徴だそうだ。「時代を超えて私たちの心をワクワクさせてくれるものを、私の手を通して見せていきたい」

時を超えたセレンディピティーな出会い 素焼きのお皿に描かれた不思議な絵の秘密

冒頭の雑貨店は世界中からツーリストが訪れる、コロンボで一、二を争う人気店だ。ジャナキさんの作品はよく売れていると、店主がジャナキさんに伝えてくれる。「このスリランカの独特の美術カルチャーが外国の方にはまさにセレンディピティーなんじゃないでしょうか。スリランカ人の私にもそうだったのですけどね」と笑うジャナキさん。

セレンディピティーとは『予期せぬものに出会う幸運』、そしてかつてスリランカはセレンディップと呼ばれていた。予期せぬものに出会える島。

昨年、インタビューをお願いしようとしたところ、ジャナキさんが肩をけがしてしまい、今年の2月まで延期になってしまった。しかしまた精力的に作品作りを続けている。「息子に休んだらと言われたりするけど、心は変わらず若いまま。打ち込めるものがあるからだと思います」

「それにアキコ、アーティストに引退はない。でしょ?」。うふふと笑うジャナキさん。私の背筋がピッと伸びた。そして、無論、ジャナキさんのお皿にカレーは載せず、壁に飾っています。

(通訳:KMC LANKA)

>>フォトギャラリーはこちら ※写真をクリックすると、大きな画像とキャプションが表示されます。

PROFILE

石野明子

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。2019年4月にイカロス出版よりガイドブック「五感でたのしむ! 輝きの島スリランカへ」(税込み1760円)が出版された。

“隠された子ども”との出会いが、私の背中を押してくれた

一覧へ戻る

“クローゼット”に隠された虹色の心

RECOMMENDおすすめの記事