パリの外国ごはん ふたたび。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
《パリの外国ごはん》は、フードライター・川村明子さんと料理家・室田万央里さんが、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
《パリの外国ごはん そのあとで。》では、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。

今週は川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》をお届けします。コロナウイルスの感染拡大でお店での食事がかなわない今、テイクアウトで「ふたたび」です。

気温はそこまで上がっていなくとも、部屋に差し込む光が黄みを帯び、春の訪れを感じさせるようになった。パリは依然として18時以降、翌朝6時までが外出禁止で、カフェやレストランも営業再開には至っていない。テレワークが浸透したいま、その状況を反映し、中心地よりも住宅街に近いエリアでの昼のテイクアウトが盛況だ。

前を通る機会はあるもののなかなか食事に立ち寄れずにいた、Le Coeur du Liban(ル・クール・デュ・リバン)が頭に浮かんだ。“レバノンの心”という名の、ケバブサンドが人気の店。ランチタイムになるとほとりで食事をする人たちでにぎわうサン・マルタン運河の近くにある。買いに行きがてら、少し散歩するのもいいかもしれない。そう思って、快晴だったある日、行くことにした。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

出遅れてしまい14時過ぎに着くと、回転する鉄串に刺された肉の塊は、すでに随分と小ぶりになっていた。相変わらず、売れ行きは好調らしい。この店は間口も小さいが、そこから受ける印象以上に売り場がコンパクトだ。3人も入ればいっぱいの店内には誰もいなかったので、「こんにちは」とあいさつをして中に入り、右手の壁に貼られたセットメニューを眺めた。

前に少し話をした店のマダムは、見当たらなかった。でも厨房(ちゅうぼう)に立つ男性はいつも見かける人で、彼が接客もするようだ。

「この、サンドイッチに冷たい前菜と揚げ物が二つ付くセットにします」とメニューを見ながら伝えたら、「サンドイッチは、肉、それともチキン?」と即座に聞かれたので、「お肉で、お願いします」と答えた。“肉”は、牛肉と子羊肉を合わせたもの。日本で、例えば合いびき肉と言ったら牛肉と豚肉だけれど、所変われば“肉”と言うときの組み合わせが違うものだなと、訪れたことのない国の文化を思う。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

彼はすぐに、回る鉄串から肉をそぎ落とし始め、手を止めることなく今度は「揚げ物はどれにしますか?」と聞いてきた。ショーケースの上段に、異なる形をした揚げ物がいくつか並んでいる。中身を聞くと4種類あり、チーズ、肉、ホウレン草入りとあとはファラフェル、と言われた。

ファラフェルとは、潰したひよこ豆とそら豆にスパイスを混ぜ合わせて作るコロッケだ。この店のファラフェルは食べたことがない気がする。サンドイッチには肉がたっぷりだろうから、付け合わせは全部野菜にしよう。そう思って、ホウレン草入りの揚げ物とファラフェル、冷たい前菜にはパセリとミントのサラダ、タブレを注文した。タブレも、今回が初めてだ。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

お会計をしていると、30代とおぼしき女性が2人、店の前に立ち止まり外に貼られたメニューを見始めた。この店は、「店内は何人まで」と人数制限を示す貼り紙をしていなかったが、今はもうすっかり、どこにおいても店内に人がどれくらいいるかを確認し、入れ替わりで入店することが当たり前になった。

ケバブのサンドイッチといえば大抵目を見張るボリュームだから、そう構えていたのに、渡されたのはとてもコンパクトな袋で、少し拍子抜けした。こんなに小ぶりなのか。前回はプレート料理を注文し、その後も総菜だけをテイクアウトして、サンドイッチを買うのは思えば初めてだった。この大きさなら、食べやすそうだ。

袋の一番下に入れられたサンドイッチがまだ温かいことを手に感じ取りながら家に帰り、着くやいなや、包みを開いた。すると、なんとも手作り感にあふれたサンドイッチが現れた。これほどまでに“商品”の顔をしていないケバブサンドイッチには出合ったことがない。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

揚げ物もタブレも後回しにして、かぶり付いた。

たっぷりのパセリに、千切りのレタスと玉ねぎ、そぎ切りの肉をつなぐのは、レモンの酸味が効いたタヒニ(練りゴマ)ソースだ。肉はあらかじめマリネすると以前聞いたが、それ以外にこのサンドイッチの中でしっかりと味を刻んでいるのは、赤かぶとコルニション(ピクルスに使われる小さなきゅうり)で、鼻にツンとくるくらいしょっぱい。まるで古漬けのよう。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

勢いよく食べ進めても、ケバブサンドといえば決まって感じる、押し寄せてくるような膨満感がやってこない。赤カブをかじった時にその塩気をアクセントと捉えるほどに全体の味付けはシンプルで、その塩気も決してしょっぱ過ぎることはなく、パンも膨らみのあるタイプのピタパンではなくてペッタンコだし、肉の脂っ気がないことも功を奏して、とても食べやすかった。これはうれしいなぁ、もっと早くにここのサンドイッチを食べるべきだった。

華美な具はひとつも入っていない、だけれど、間違い無くおいしいなと感じる。言うなれば、誰かの家で作られた「うちはいつもこれなのよ」と出された太巻きを食べた時のようだ。みぞおちで、時が刻まれたそのおいしさを感じつつ、ホウレン草の揚げ物をつまみ、半分に割った。ホウレン草が惜しみなく詰められている。くたっとしたくすんだ色に好感を持ちつつ食べると、こちらもレモンがたっぷりの味がして、生地にはほのかに甘みがあった。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

ホウレンソウの揚げ物(手前左)とファラフェル(手前右)

どこまでも素朴な味わいだなぁと思いながら、ファラフェルをかじると、中はひよこ豆の白に少し黄土色を混ぜたような優しい色をしている。噛(か)むごとにプチプチと弾ける何かに心地よさを覚えて、舌で正体を探ろうと観察した。どうもブルガー小麦のようだ。クミンとコショウに、もしかするとほんの少しカレー粉も加えられているのかもしれない。とても控えめなスパイス使いは、それでも食欲をそそるのに十分だ。

そうして、タブレに手をつけた。やっぱりレモンがオリーブオイルに勝(まさ)る、さっぱりとした味付けで、パセリの葉のガシガシとした舌触りに、元気になる気がした。

「肉、それともチキン?」 手作り感がうれしい、具だくさんケバブサンド/Le Coeur du Liban

ちょっとだけ中東のスパイス、スマックが入っている気もする。でも、旨味(うまみ)でまとめようとしない、酸味がキンッととがった味が現地の味のように思えてうれしかった。

これは、これから近くを通りかかる時には、買いに寄ることになりそうだ。
 

Le Coeur du Liban(ル・クール・デュ・リバン)

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    PROFILE

    川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食を軸に活動を開始。パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けたほか、著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)。
    現在は、雑誌での連載をはじめnoteやPodcast「今日のおいしい」でも、パリから食や暮らしにまつわるストーリーを発信している。

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