花のない花屋

自分には価値がない、なんてあるわけない 友人の自信を取り戻す花束を

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界で一つだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
吉田優子さん(仮名) 59歳 女性
グラフィックデザイナー
イギリス在住

    ◇

ユキちゃんこと、由紀子さん(仮名)に初めて会ったのは、かれこれ30年ほど前、留学していたロンドンの語学学校です。私より四つ年下のユキちゃんは、原色のファッションを着こなすおしゃれで朗らかな女性。私たちは同じ日本人同士ということもあり、すぐに仲良くなりました。

ユキちゃんは家族の事情で一度日本に帰国。1年半後にロンドンに戻ってきました。以降、私と同じ下宿先に住むことになり、おしゃべりしては笑い合う毎日を過ごしました。私にとってユキちゃんは、まるで妹のような存在でした。

そんな日々が続いてわずか半年、英語の勉強に一区切りがついたと言って、彼女は日本に帰ることになりました。帰国する日の朝、残してくれた手紙を見て、私は驚きました。実は帰国の理由は、彼女の母がアルツハイマーを発症したためだというのです。理由を話さなかったのは、きっと“姉”の私に心配をかけたくないという気持ちがあったのでしょう。

帰国してからもユキちゃんとは頻繁に連絡を取っていました。彼女は帰国してまもなく会社員として仕事をスタート。父との二人三脚で母の介護をしているようでした。

ところが、そんな生活が続いて5年ほど経ったときのこと。ユキちゃんの母が施設で、骨折する事故に2度も遭ってしまいました。これをきっかけにユキちゃんは仕事をやめ、自分で母の介護をすることを決心しました。以来十数年。父も見送り、今はひとりで母の介護に打ち込んでいます。

一方私はといえば、ユキちゃんが帰国したあともロンドンで勉強を続け、数年後に現地でグラフィックデザイナーとして働き始めました。仕事を続けつつ、イギリス人と結婚して、この地にすっかり根を下ろしています。

30年前に見送ってからは結局一度も会っていないものの、彼女は今でも私のことを気にかけてくれて、ロンドンの自宅にも、私の誕生日とクリスマスには欠かさず、大好きな日本のお菓子などがぎっしり詰まった、我が家で“宝箱”と呼ばれているプレゼントを送ってくれます。日本と遠く離れたロンドンで日本の味を楽しめるのは、もちろん幸せです。でもそれ以上に、今日も私のことを考えてくれている親友が日本にいることが、涙が出るほどうれしいのです。最近はLINEもあるので、ロンドンでの下宿生活がちょっとだけ戻ってきたような、たわいのないおしゃべりも楽しめるようになりました。

そんなユキちゃんに、最近、気になることがあります。明るく朗らかだった彼女が、自分の価値を疑うかのように、自身を卑下するようなことをたびたび口にするようになったのです。

例えば、私が部屋に飾ったお花の写真を送ったときのこと。ユキちゃんからはこんな返信がありました。「私にはお花を飾るなんてこと、思いつかない。花を楽しむ心が欠けているんだなあと思います」

とんでもない。介護をしながら宅建の資格を取ったり、英会話の勉強をしたり。時間をやりくりしながら、いつも自身を高める努力を怠っていません。介護を続ける強さや、私のことを思ってくれる優しい気持ち。私にはない、ユキちゃんならではのすごさです。

どんなに努力をしても、今はその行き場がない状況があるかもしれません。それを嘆くより、実際に誰もマネできないような価値を持っている自分を、自分で誉(ほ)めてあげてほしいのです。 そして何より私の友達でいてくれることに感謝したいです。花を飾ることを「思いつかない」と寂しそうだったユキちゃんに、見るだけで刺激とパワーを与えるようなお花を贈っていただけないでしょうか?

花のない花屋

≪花材≫パフィオペディラム、アンスリウム、エピデンドラム、ピンクッション、ダリア、プロテア、カラー、グレビレア、カトレア、グズマニア、チランジア、ガーベラ、ドラセナ

花束を作った東さんのコメント

価値のない花などないように、価値のない人もいません。これは、ご自身の価値を思い出せるような花束です。
原色を使った個性的なファッションを好んでいらっしゃったということなので、個性が際立つ大きめの品種を選びました。真ん中に据わっているのは大輪のダリア。赤と黄色が混ざった、めずらしい品種です。大きさも、女性の手のひらくらいと大きめ。他はプロテアやピンクッションなど、力強い、南国系のネイティブフラワーも。ピンクッションは黄色とオレンジ、エピデンドラムも赤とオレンジを入れて、同じ種類でも違う色や、様々な地域の花を混ぜることで、遠く離れた投稿者様とご友人も表現してみました。
下の葉っぱはドラセナなのですが、上下2層に分けています。上はアレンジせずそのまま、下はリボンのように巻きました。同じものでも表現で印象が変わります。ご自身の価値も、自分が感じて決めてしまうものと、人から見た印象では違うのではないでしょうか。色んな方向から自分を見つめ直して、価値を再発見して欲しいです。

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(文・福光恵 写真・椎木俊介)

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

自分には価値がない、なんてあるわけない 友人の自信を取り戻す花束を

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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