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「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

世界一の本の街、神保町。約180の古書店や新刊書店が軒を連ねている。2020年6月、すずらん通りに面したかなり年季の入ったビルの3階に、新しい店が仲間入りした。名前は「無用之用」。老子の言葉で、「一見、無用に思えるものにこそ本質的な価値がある」という意味だが、「すぐには役に立たないが、もしかしたらいつか役に立つかもしれない」という本を揃(そろ)えているという。

エレベーターで3階に上がると、大きな窓から自然光がたっぷりと注ぎ込む明るい空間が広がっている。使い込まれたりんご箱を使った本棚や、店の随所に飾られたドライフラワーが、シンプルでありながら洒落(しゃれ)た雰囲気を醸し出しており、すずらん通りの雑踏と一線を画している。向かって左側にはカウンター席があり、ビールやコーヒーなどを提供しているという。

「話題の新刊はなるべく置かないようにしています。たまに『あの本ありますか?』と聞かれることがありますが、『この先にある三省堂書店なら1階に端末があるので、そこで調べられますよ』ってご案内してます(笑)」

そう話すのは、店主の片山淳之介さん(40)。2年前まで近くの神田猿楽町で青森りんごの販売店で店長をしていたという。

「昔、デザインの仕事をしていたのですが、弟が都内でりんご屋をやっているんです。仕事が一段落して時間ができた時に、弟の店が面白そうだから1週間手伝うつもりが、5年も働いてしまいました」

片山さんは、以前から神保町という街が好きだったという。そこで、弟に神保町への出店を持ちかけて店主になった。店の軒先に立つ日々の楽しみは、お客さんとの会話や小さな交流だった。

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

「神保町にいる人たちって、何かを偏愛しているというか、すごく好きなものを持っている人が多くて、話をしてみると楽しかったんです。編集者、ライター、学生、研究者など、いろんな人がいて、すごい場所だと思いました」

のちに現在の店の共同経営者となる、NPO法人「イシュープラスデザイン」代表の筧祐介さんは、店にりんごの木箱を買いに来てくれた客の一人だった。

「一緒に飲みに行ったら、『神保町で何か一緒にやりましょう!』と盛り上がって、神保町だったらやっぱり本屋でしょ、ということになりまして」

焼き鳥屋で飲んでいるときに即決したものの、どうやっていいのか全くわからない。そこで、弟の店からりんごを仕入れていた「Title」(荻窪)の店主・辻山良雄さんを訪ねることにした。

「前に、りんごの配達によく行ってたんです。『取次ってなんですか?』とか、質問しまくって、いろいろと教えていただきました」

好奇心をくすぐるキーワード

店に「すぐには役に立たない本」を並べよう、というアイデアは、早い段階から固まっていた。

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

「一見役に立たなそうでも、後で役に立つことがある、というのは昔から僕が実感していたことなんです。ちゃんとした書店は本がきちんと分類されていますが、その分け方だと、その分野を読もうとする人しか棚に行きません。全く違った並べ方にすれば、ある本に出合った時、普段動かない思考が動くんじゃないかと」

この店の本棚は、木製のりんご箱。シェルフラックにぴったりと収められ、それぞれにキーワードが掲げられている。

「現実が理想を超える」「比べると見えること、比べると失うこと」「もう少し器用に生きたいんですけどね」「所作は日々の積み重ねなの」「夜の都市計画」など、好奇心をくすぐられるものばかり。そこに並ぶ本を見ると、「なるほど」と納得できるものもあれば、「なんでこの本が?」と思う意外なものもあり、店にある全部の棚の本を舐(な)め回すようにチェックしたくなる。一般的な書店ではそうそう起きない衝動だ。

実はこの品揃(ぞろ)え、片山さんのつながりのある人や、店に来た客などに声をかけて選書してもらったものだという。

「僕が作ったものもありますが、半分は僕とつながりがある人や、お客さんが考えたキーワードです。お客さんとしゃべっている時に、話の流れで『それ面白そうですね、考えてくださいよ!』とお願いすることはよくあります」

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

キーワードと、それに合わせた本を10冊リストアップしてもらい、片山さんは本を集めてりんご箱に並べる。新刊と古書が混在しており、約6割が新刊という。

「本が売れても、同じ本を仕入れて補充することはありません。キーワードの本が全部売れたらそれで終わり。売れるからといって同じものを入れ続けても、未知の本との出合いという点からいえばあまり意味がないかなと」

カウンターで本好き同士のおしゃべりを

この店でのもう一つの楽しみは、カウンターでの偶然の出会いだ。片山さんがりんごを売っていた頃は、お客さんと言葉を交わすのはほんのわずかな時間だった。カウンターでコーヒーやビールを飲みながらだと、人と会話をする時間は十分にある。

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

「ビールを置いているのは僕が好きだから(笑)。本屋とは思えないくらいにぎやかな時もありますが、おしゃべりする人もいれば、じっくりと本を見に来る人もいて、この場所を好きに使ってくれたらと思っています」

ちなみに食べ物の持ち込みは自由なので、近所で働いている人がお昼時にここで弁当を食べていたり、買ってきただし巻き卵をつまみにビールを飲む人がいたりするそう。

実は店をオープンする直前になって、「神保町に新しい本屋を作るなんて、実はとんでもないことをしているのでは!?」と焦りを感じたという片山さん。いざ、蓋(ふた)を開けてみると、近所の書店の人たちが店に来てくれたという。

「僕は素人だし、怒られるかと思っていたら、『よく来たね!』『がんばってね』『相談に乗るよ』って言ってくれて。うれしかったです」

この店では、日々、人と人、人と本との偶然の出会いが生まれている。すぐに役に立たなくても、それはきっといつか、自分にとってかけがえのないものになるかもしれない。神保町にまた一つ、定期的に通いたい店ができた。

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

店主の片山淳之介さんと、ときどき店を手伝う妻の美帆さん

■大切な一冊

『ぼくの伯父さん』(著/伊丹十三)
「お葬式」「タンポポ」「マルサの女」などの傑作を世に送り出した映画監督で、俳優、エッセイスト、デザイナーとしても多彩な才能を発揮した伊丹十三が、食、ファッション、スポーツ、社会問題などさまざまなテーマをじっくりと観察し、独自の視点で書いたエッセー集。

「小学1年生の時に、近所の映画館で『マルサの女』を見て、なんて洒落てるんだ!と思い、そこから興味を持って伊丹さんのことを見るようになりました。あの洒落た感じやダンディズムは受け売りではなく、自分で見て、聞いて、体験したことを自分なりに解釈したことで成り立っています。エッセーにはそんな伊丹さんのダンディズムがいっぱい詰まっていて、手元に置いて何度も読み返しています。こういう人が日本に増えたら、もっと成熟した、粋(いき)な世の中になるんじゃないかと思っています。憧れの人です」

「いつか役立つかもしれない本」が並ぶ店 「無用之用」

無用之用
東京都千代田区神田神保町1-15-3サンサイド神保町ビル3F
https://issueplusdesign.jp/muyonoyo/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜日配信となりました。次回は、2021年4月16日の配信予定です。

>>book cafeまとめ読み

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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