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「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

誰かの言葉に触れると、ほんの少し視野が広がる。編集部が注目する、いま会いたいあの人へのインタビュー。今回は、映画監督、作家として活躍するイギル・ボラさん。ボラさんは、「音の聞こえない親のもとに生まれた聞こえる子ども」を指すコーダ(CODA:Children of Deaf Adults)のひとり。ろう者と聴者、音のない世界と音であふれる世界を行き来しながら生きる心の葛藤と、「私は何者か」と模索してきた道のりについて話を聞いた。

     ◇

「本を書いたり映画を撮ったりすることで、私の活動範囲はどんどん広がっています。韓国では5年前に比べたら『コーダ』という言葉はかなり知られるようになりました」

イギル・ボラさんは、これまで出会った韓国人のだれよりも早口だった。言葉が、踊っている――。そう感じたのは、彼女の出自と無関係ではないだろう。

彼女はろう者の父母から生まれ育った聞こえる子ども=コーダだ。第一子だった彼女は、話し言葉より先に手や表情を豊かに使う視覚言語「手話(韓国では『手語』)」を覚えた。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

映画『きらめく拍手の音』場面写真

ボラさんがコーダとしての体験をつづった著書『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』(リトルモア)は日本でも出版された。執筆のきっかけは、2014年に両親を主人公にしたドキュメンタリー映画「きらめく拍手の音」を撮ったことだ。

「映画を撮り終わったら、まだまだたくさん語り尽くせていないことがあると気づきました。映画の企画を書く段階から両親と自分のことを書き留めていたので、それをまとめて本にすることにしたのです」

本書は、21歳で初めてコーダという言葉を知った衝撃に始まり、父と訪れたアメリカ旅行で体験したろう者の世界や、家族の歴史と自身の体験を掘り下げる。さらに、コーダの人たちとの新たな出会いを通して、自分自身にとってのコーダというアイデンティティーを探求していく。聞こえる世界と聞こえない世界を絶え間なく行き来する日常をテンポよくつづり、読む者を飽きさせない。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

映画『きらめく拍手の音』場面写真

「子どもの頃から私は両親の通訳でした。そして、両親にとってはいい娘であり、弟にとっては保護者であり、両親にとっても保護者でした。思春期の一時期は両親を否定した時期もありました。でも、否定したところでどうにもならない。それがわかったので、もう一度昔に戻っていい娘になりました」

そうサラリと話すボラさんだが、普段ろう者を知ることのない人々にとって、ろう者の両親との暮らしは驚きの連続だ。ある程度、彼女の苦労は想像していたが、甘かった。

何しろ小学生になる頃にはすでに両親専用の通訳士。小学校低学年で親の代わりに銀行や不動産会社に電話をかけていた。8歳にして父親の財政状況や信用情報を聞いて借り入れが可能か否かを尋ねたり、不動産会社に電話して保証金を尋ねたり。1000万ウォン(現在の日本円で約98万円)の詐欺に遭った両親にその状況を説明しなければならなかったこともある。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

映画『きらめく拍手の音』場面写真

手話で語り合う両親は美しい。そう思っていた彼女も成長するにつれ、他者はそう思っていないことに気づいた。世間の人たちにとってみれば聞こえないことは美しいどころか、「障害」や「欠陥」なのだ。

「『手話はできるの?』『どのくらい聞こえるの?』『口を大きく話せば聞こえるの?』……といった無知な質問や心ない言葉はしょっちゅうでした」

ろう者の娘ではなく、ただのボラでありたい――。だが、親と出掛ければ真っ先に周囲に両親は耳が聞こえないと伝える。臆することなく明るく堂々とした顔で過ごす。誰かが否定と憐れみの目で見たら両親より先にそれに気づく。また、誰かが気分の悪い言葉を投げかけてきたら、それを通訳せず自分のところでふるいにかける……。いくら親の世界を愛していても、一人で背負うにはあまりに重い日々。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

映画『きらめく拍手の音』場面写真

大人になっても、ろう者の世界と世間の認識ギャップは埋まらない。端的な体験が22歳の時。結婚が破談になったことだ。ボラさんは大学時代に職業軍人だった男性と知り合い、恋に落ちた。すぐにプロポーズされ次第に結婚するつもりになった。彼には付き合いはじめから両親がろう者だと伝えていたこともあって、祖母たちに忠告されても終わりが来るとは思わなかった。だが、ある時、それはやってきた。彼が別れを切り出した。彼の両親が大反対していることが理由だった。ボラさんは「絶対に別れない」と言い張った。

「私はずっと差別に対する偏見と闘ってきたんです。だから、彼を愛しているということよりも、絶対に負けたくないという気持ちの方が今思えば強かったと思います。恋愛相手が私の根源を否定することになったので、かなり喧嘩しました。愛する人がわかってくれないことは、到底納得できない、容認できないことでした。しかも、それが思春期に起きたことではなく、コーダとしてアイデンティティーを確立していた時でもあったので、なおさら別れることに抵抗があったんです」

コーダの人たちにとって結婚話が破談になることはよくあることだと知ったのは、別れた後のことだった。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

映画『きらめく拍手の音』場面写真

大好きな両親がろう者であったことで一番つらかったこととはなんだったのか。思わずそう尋ねると、意外にも彼女は「つらかったことはない」と答えた。

「なぜなら両親のもとに生まれていなかったら、私は何かを書いたり映画を撮ったりするストーリーテラーにはなっていなかったと思うからです。私の両親だったからそれができました。父は生まれ変わってもろう者に生まれたいと言っていますが、私もまた手話を使うコーダに生まれ変わってもいいなと思います。両親のもとに生まれてきたい。彼らは面白いですから(笑)」

そうなのだ。誤解しないでほしいが、ボラさんの話はろう者の両親の存在に苦悩してきたコーダの悲しい話ではない。コーダである自分とは何者か。ろう者である両親とその世界を愛するコーダが「私」を発見していく過程が、リアルに書籍や映画に活写されている。つらいことも笑えるエピソードにも事欠かないのだ。

実際、映画「きらめく拍手の音」がカナダで上映された際、ある観客から「監督と同じような体験をした」と聞いた。その人は、「家族で英語圏に移住したものの英語が話せない親の代わりに通訳をして、両親の保護者にならなければならなかった」と教えてくれたという。ボラさんはその時、自身の体験が障害者の話ではなく、「文化と文化の間で起こることなのだ」と気づいた。それは、ろう者の親の間に生まれた娘から解き放たれて「私」になった瞬間でもあった。

「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

撮影 Ju Junyong

ボラさんは今、自分自身を「ろう者と聴者、音声言語と手話言語という二つの間(はざま)にいる人間」だと話す。

「私はその二つの世界を少し距離を置いて見ることができます。例えば、外国人が母国語でない言語で書いた文章を読んだ時、『こういうふうに書くんだ』『こういう表現もできるんだ』と思う時がありますよね。ぎこちない文章の時もありますが、卓越した面白い文章になっていることもあると思います。私も二つの言語を使っていることで、言葉を比べて表現の違いに面白さを感じることができます」

二つのカルチャーの間に生きることは、“私のことば”を磨くことに他ならない。まさにそれこそが彼女の表現者としての強みだ。最近日本語の勉強も始めたと言うボラさんは、多言語を操ることの魅力をこう話す。

「手話で話しているイギル・ボラと音声言語で話しているイギル・ボラ、英語で話しているイギル・ボラとやっとひらがながわかるようになったイギル・ボラでは自我が異なります。言語や文化や環境によって私の姿が変わっていく。私はそんな自分からたくさんのことを学んでいます。それぞれの言葉を用いることで視野が広がり、社会の多様性を発見していくことができるのではないでしょうか」

唯一無二の表現者として、“ことば”をめぐる旅はこれからも続く。

(文・坂口さゆり 通訳:根本理恵 写真・&編集部)

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イギル・ボラ
1990年、韓国生まれ。映画監督、作家。ろう者である両親のもとに生まれ育ち、ストーリーテラーとして活動する。17歳で高校中退、東南アジアを旅した後、韓国芸術総合学校でドキュメンタリー制作を学ぶ。Netherlands Film Academiyに留学、Artistic Research in and through Cinema(映画学)修士。主な映像作品に、中編ドキュメンタリー映画「ロードスクーラー」(2008年)、長編ドキュメンタリー「きらめく拍手の音」(14年)、「記憶の戦争-Untold」(18年)がある。「きらめく拍手の音」 は、ソウル国際女性映画祭でドキュメンタリー玉浪文化賞と観客賞、第8回女性人権映画祭観客賞、第15回障害者映画祭大賞を受賞。日本では15年に山形国際ドキュメンタリー映画歳にて「アジア千波万波部門」特別観客賞を受賞し、全国各地で公開された。


「聞こえない親をもつ娘」から解き放たれて「私」になった瞬間 イギル・ボラさん

きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる

イギル・ボラ著/矢澤浩子訳 (リトルモア)

韓国出身の、才気あふれる語り手、イギル・ボラ。手語を母語とし、ろう者と聴者、二つの世界を行き来する著者が家族と語り合い、世界を旅して、「私は何者か」と模索してきた道のり。
1944円(税込み)

 

家事を「理不尽な作業」にしない、たった一つの方法/コウケンテツさん

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