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次の行き先は? 私たちはいつだって旅人になれる

次の行き先は? 私たちはいつだって旅人になれる

撮影/猪俣博史

『0メートルの旅 日常を引き剥がす16の物語』

「新しい生活様式」という言葉を耳にするようになってから、もうすぐ1年が過ぎようとしています。この生活スタイルの変化は、私にとって家で過ごす時間が増えたことで身体(からだ)を休める時間が増えたなどプラスになったことがある半面、会いたいと思う人に会うことができないなど、我慢の1年でもありました。

繰り返される日常。そこから少し抜け出したい……。今まで自由に旅ができていたことへのありがたみのようなものを感じつつ出会ったのが、『0メートルの旅 日常を引き剥(は)がす16の物語』です。

著者は旅行記を中心に、WEBメディアでエッセーを執筆されているライター兼会社員の岡田悠さんです。岡田さんは、なんと有給休暇を100%取得しながらその全てを旅に充て、世界70カ国を訪れ、国内では全都道府県を制覇されているそうです。本書にも収録されているイランへの旅行記は、「世界ウェブ記事大賞」を受賞しました。

スタートは家から1600万メートル。地球の最果て、南極だ。そこからアフリカや中東を経て日本に至り、僕の住む東京の街から近所へ、そしてついには部屋の中にまで及ぶ。次第に近づく距離の中で、果たしてどこまでが本当の旅と呼べるのだろうか。

「旅とはなにか」。本書では、著者自身この答えを導き出すために、旅の記憶をたどる全16話が収録されています。

岡田さんが体験した諸外国でのエピソードは、ご本人も予想もしていなかった体験、発見、アクシデント、そして出会いの連続です。私はすぐに、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を中学生のころに読んで感じた旅への憧れと、不思議と心が高ぶる感情を思い出していました。

岡田さんの旅立ちには、鋭いひらめきと好奇心が感じられます。例えば、『地球の歩き方 中央アジア』編に記された一文。「サマルカンドでは、天と地が、青の青さを競い合う」。これが心に響いたことがきっかけとなり、ウズベキスタンへの旅がはじまります。ほかにも、航空券サイトの行き先を「すべての場所」と指定し“航空券ガチャ”を回し、イスラエルが出たとたん思わずチケットを買い、翌週にはイスラエルの旅へ。こうした楽しいエピソードには、どんどん引き込まれていきます。

想定外の経験や出会いこそ

第1章の海外編では、日常からかけ離れた場所で、文化や環境も全く異なるからこそ起こる想定外の出来事にたびたび遭遇しますが、そうした経験や出会いの記憶こそ鮮明に、そして深く心に残っていることが伝わります。

わからないし、うまくいかない。世界ってそういうものだっけと当たり前のことを再認識して僕はほっと安心する。

第2章以降では、岡田さんの旅は国内へと移ります。なかでも自宅から350メートルの「畑のフランス料理店」への旅の話は、私にとって特に印象的でした。数多くの旅をしている岡田さんですが、意外にも方向音痴だそうで、たまには地図に頼らずに歩いてみようと思ったそうです。

そして、たまたま「大江戸今昔めぐり」というアプリを見つけたのを機に、「一週間、江戸時代の古地図だけで生活してみよう」と考えます。それは、200年前の道のりを歩む日々のはじまりでした。今では住宅街となった道も、昔はため池や水田だったなら大きく迂回(うかい)しなければなりません。そうしてたどり着いたフランス料理店で感じた旅の魅力、「誰も自分を知らないこと」のエピソードには、思わず声を出して笑ってしまったので、ぜひみなさんにも読んでいただきたいと思っています。

そして最後の旅先は、距離にして0メートルの自宅の部屋へ。「旅はこうあるべきだ!」というような固定観念に縛られることがない、岡田さんのユニークで柔軟な旅との付き合い方に、私はとりこに。さらに最後の最後に、Googleマップのストリートビュー、フィットネスバイクを連動させ、このコロナ禍のなか自宅で日本を横断するという“旅”への挑戦は、驚かずにはいられませんでした。

ひとつひとつの旅の記憶をかみしめるかのように、岡田さんが心の中で問いかけ続けた「旅とはなにか」という問い。そして“距離0メートルの旅”でたどり着いたその答えと、キーワードとなる「瞬間」という言葉。

一冊を読み終えると、改めて旅の楽しさが思い出され、私自身の旅の一瞬一瞬のシーンが心地よくよみがえります。こうした「一瞬」は、いま自分がどこにいるのか?という日常からの距離に関わらず、おそらく日常の中にも詰まっているのだということを教えられます。岡田さんの次の旅先がどこになるのか、とても気になります。そしてまた、自由に旅ができるようになる日々が訪れることを願わずにはいられません。

(文・藤井亜希子)

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    湘南 蔦屋書店 旅コンシェルジュ。旅行会社勤務時代は、海外ホテルやオプショナルツアーなど現地への手配を担当。その経験を生かし、ハワイ・北欧・フランス・イギリスなどを中心に、旅行書の選書をはじめ世界各国の自然や文化、人々の暮らしなどその土地にまつわるフェアや旅行イベントを提案。プライベートでは、自他ともに認めるハワイラバー。

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