私のファミリーレシピ

黒糖蒸しパンとチャイの味

ニューヨーカーの“おふくろの味”をつづる「私のファミリーレシピ」。人種のるつぼと呼ばれるこの街で、彼/彼女を形づくる食のルーツを探ります。今回は、ブルックリンのクラフトフェアで知り合ったジェンのお話です。(文と写真:仁平綾)

これまでのお話
>>つつましい暮らしの甘い愉しみ、モラセスクッキー

    ◇

ジェンの母方の祖母、アデラインさん直伝のモラセスクッキー。元々は、アデラインさんのお母さんが、1800年代後半に『Yankee Magazine(ヤンキーマガジン)』という雑誌に掲載されていたレシピを見つけたのが始まり。以来娘たちへ、代々受け継がれてきたという。

「私が初めてこのクッキーを作ったのは、たしか祖母の家を訪ねた、7歳の時。ベーキングソーダと水を合わせて、モラセスに加える工程があるんだけれど、泡みたいに膨らむのね。子どもの私は、感動してしまって。スパイスのなんともいえない香りも気に入って、このクッキーが大好物になった」とジェン。

黒糖蒸しパンとチャイの味

10歳から16歳まで、父親の仕事のため東京で暮らしたジェン。母のエスターさんは、日本料理のなかでもトンカツが好物に。「今でも母のところに遊びに行く時は、ブルドックソースが手土産」

黒糖蒸しパンとチャイの味

材料も手順もシンプルなモラセスクッキー。唯一注意することは「オーブンで焼きすぎないこと」

「さて、準備はいい?」

ジェンがガスコンロの上に鍋を置き、マーガリンを入れて火にかけた。そこにモラセスを加えると、甘く、ほろ苦いような、黒蜜のような香りが立ちのぼる。私の頭のなかには、あんみつの絵がビビッドに浮かぶ……。

砂糖と粉類を、それぞれ別々のボウルに用意したら、小さな鍋をもうひとつコンロの上へ。その鍋で少量の湯を沸(わ)かしながら、ジェンが言う。

「ここからが、いちばんクールなパートだからね!」

沸いた湯にベーキングソーダを加え、それをモラセスの鍋に注ぎ入れると……、むくむく、もこもこ、茶色い液体が膨らみだす。急いで鍋を砂糖の入ったボウルの上へ移動し、まだまだ育つ茶色い泡を夢中で眺める私たち。まるで理科の実験みたいだ。

黒糖蒸しパンとチャイの味

ベーキングソーダを溶かした熱湯を、モラセスの鍋に加えたところ。あっという間に膨らんでくる

黒糖蒸しパンとチャイの味

最大限にモラセスが膨らんだところでボウルに流し入れ、砂糖を溶かす。「以前間違えて、2倍の量で作ったことがあって。わかる? ものすごいことになっちゃった(笑)」

ほわほわのモラセス液で砂糖を溶かし、小麦粉やスパイスを混ぜ合わせ、クッキー生地は完成。あとは型に入れて、冷蔵庫で寝かせるだけ。

「卵や牛乳が含まれていないから、冷蔵庫で長期間保存ができる。冬になると祖母は冷蔵庫に常備していて、祖父が仕事から帰ると、生地を何枚かカットしてオーブンで焼いてあげていた」とジェンが言うように、生地を食べたいときに切ってオーブンへ。いつでも焼きたてを楽しめるのが、このクッキーの良さでもある。

黒糖蒸しパンとチャイの味

真っ黒な金塊……ではなく、クッキー生地。冷蔵庫で一晩寝かせたもの。寝かせることで、マーガリンがなじみ、生地はさらにみっちり、密になる

端から包丁で切っただけの四角い生地を天板に並べ、オーブンで焼くこと10分ちょっと。「生地を丸く抜いたり、くるくるっと巻いたりもしない。しゃれたクッキーではないけれど、フリーフォームで手軽でしょ」とジェン。焼き上がったクッキーは、直線がまあるく膨らんで、ふくふくとしたパンのような姿。

待ちきれない私たちは、網の上に並べたクッキーをさっそく、はふはふ、味見した。

四隅の部分はサクッと香ばしく、内側は初めふわり、それから、ブラウニーのようなもったり、ねったりとした食感へとうつろう。そういえば、この味、どこかで食べたことがあるような……。思い出したのは、子どもの頃に好きだった黒糖蒸しパン。それとチャイ(スパイスをきかせたミルクティー)を一緒に飲んだら、モラセスクッキーの味になりそうだ。

黒糖蒸しパンとチャイの味

食べたいだけ切って焼く。残りは冷蔵庫へ。2週間ぐらいは保存可能

黒糖蒸しパンとチャイの味

クッキー同士がくっついてしまわないよう、天板に並べるときは、少し間隔を空けること

ちなみに、モラセスクッキーほか、祖母のアデラインさんのレシピは、レシピボックスのなかに大切に保管され、母のエスターさんが転居のたびに持ち歩いているという。

「レシピカードのいくつかは、若くして亡くなった母の妹が手で書きなおしたもの。その文字を見れば、私たちはいつだって彼女のことを思い出すことができる」とジェン。

母のレシピボックスはまだ受け継いでいないけれど……、とジェンがテーブルの上にさまざまな文字が躍るレシピカードを広げた。今から約20年前、結婚する際に、友人たちに提供してもらったファミリーレシピなのだという。

黒糖蒸しパンとチャイの味

友人たちの手書き文字が楽しいレシピカード。ほかにも、ジェンが10歳の頃から持っているレシピカードや、父ノーマンさんの好物だったというストロベリールバーブパイのレシピなども

「これはテキサスの友だちからもらった、ブラウニーパイのレシピ。こっちは……」

懐かしそうにレシピカードをたぐり寄せるジェンは、その文字に友人たちの顔を重ね合わせているのだろう。「今はオンラインで、どんなレシピも見られる時代。レシピカードは廃れてしまった慣習だけれど、いくら汚れようとも、レシピカードは思い出であり、そこには物語が詰まっている。だから私は、こうやってレシピカードを持っているのが好き。いつだって、ここに戻って来ることができるから」

私もこの先、冬を迎えたら、今日のこのレシピを引っ張り出し、モラセスクッキーを焼こう。ジェンの顔と、ふたりで過ごしたニューヨークの日々を、懐かしく、思い浮かべながら。

黒糖蒸しパンとチャイの味

メイン州の祖父母の家の前で撮影した写真。湖で釣った魚を持っているところ。左端に写っているのが祖父のフランクさん

黒糖蒸しパンとチャイの味

部屋いっぱいに広がる、モラセスクッキーのアロマは「祖母との思い出、このレシピをシェアした友だちとの思い出を、いつだってよみがえらせてくれる」とジェン

(おわり)

《レシピ》モラセスクッキー(長方形のパウンドケーキ型 約2個分)

★材料
マーガリン 3本(340g)
モラセス 355ml
砂糖 1と1/2カップ
小麦粉 6カップ(ふるいにかけておく)
ジンジャーパウダー 小さじ2と1/4
クローブパウダー 小さじ3/4
オールスパイスパウダー 小さじ3/4
シナモンパウダー(重曹) 小さじ3
熱湯 1/4カップと大さじ2
ベーキングソーダ 小さじ3
塩 小さじ2

★作り方
1 鍋にマーガリンとモラセスを入れ、火にかけて溶かす。
2 大きなボウルに砂糖を入れておく。別のボウルに、小麦粉とスパイス類を合わせておく。
3 熱湯にベーキングソーダを入れたものを、1の鍋に加える。すぐに鍋を砂糖のボウルの上へ移動させ、鍋の中身が膨らむのを待つ。
4 3を、砂糖のボウルへ注ぎ入れる。砂糖が溶けるまで混ぜる。
5 4に小麦粉&スパイス類、塩を加えよく混ぜ、ラップを敷いた型に入れる。
6 上からラップで覆い、手で押して表面を平らに整え、冷蔵庫で一晩寝かせる(冷蔵庫で最大2週間保存が可能)。
7 型から出した生地を5mm~1cm幅ほどにスライスする。ベーキングシートを敷いた天板に並べる。
8 160~165度に予熱したオーブンで12~15分焼く。焼き上がったら網の上で冷ます。

     ◇

ジェンさんのブランドCOGのウェブサイト https://www.cog-made.com
ジェンさんのブランドCOGのインスタグラム https://www.instagram.com/this.is.cog/

※2020年12月の取材時のものです

PROFILE

仁平綾

編集者・ライター
ニューヨーク・ブルックリン在住。食べることと、猫をもふもふすることが趣味。愛猫は、タキシードキャットのミチコ。雑誌等への執筆のほか、著書にブルックリンの私的ガイド本『BEST OF BROOKLYN』、『ニューヨークの看板ネコ』『紙もの図鑑AtoZ』(いずれもエクスナレッジ)、『ニューヨークおいしいものだけ! 朝・昼・夜 食べ歩きガイド』(筑摩書房)、共著に『テリーヌブック』(パイインターナショナル)、『ニューヨークレシピブック』(誠文堂新光社)がある。
http://www.bestofbrooklynbook.com

つつましい暮らしの甘い愉しみ、モラセスクッキー

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