花のない花屋

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
与野あかねさん(仮名) 27歳 女性
会社員
東京都在住

    ◇

両親が不仲だったり、障害児のきょうだいに手がかかったりで、小さい頃から何かにつけて祖父母の家に1人預けられっぱなしになることが多かった私。親の前では意地を張って平気な顔をしていたけれど、甘えることができた祖父母の前では寂しさからよく泣いていました。

そんな私をふびんに思ったのか、祖父母は毎晩のように庭で花火をしてくれたり、夜は川の字になって寝てくれたり。私が寂しい思いをしないように、いつも心を砕いてくれました。

祖母とは一緒にお絵かきをしたり、染め物やお茶を教えてもらったり、マニキュアや口紅を貸してもらったりと、とても優しくしてもらいました。祖父とは、囲碁や将棋を指し、短歌や俳句も作りました。私が見よう見まねで弾いた下手なピアノも2人ですごく褒めてくれたこと、2人が飼っていた犬ときょうだいのようにじゃれあって遊んだことなど、今でもよく思い出します。

祖父母のアルバムには、私の写真がいっぱい。3人で暮らした日々は、両親と離れて暮らすことの寂しさや、恨みを募らせたつらい記憶ではなく、愛されて暮らした楽しい思い出に、いつしかなりました。愛をたくさんくれた祖父母には、心から感謝しています。

時は流れ、今85歳になった祖母は、認知症を患って6年目です。戦争を経験し、家族とも生き別れて疎開先で結婚。出産後も仕事を続け、役職に上り詰め、定年まで勤め上げた祖母。昭和の時代のいわゆる”キャリアウーマン”として活躍した祖母に大きく影響を受けた私は、一生働けるITエンジニアという専門職に就きました。

祖母は美容にも気を遣い、とってもおしゃれできれい。会うたびに「若く見えるでしょ?」と胸を張ってみせ、事あるごとに「おじいちゃんと結婚できて幸せ」とうれしそうに話します。一方で、誇り高く、自立心旺盛な性格ゆえ、日に日に記憶が薄れる自身の病気にとても苦しんでいました。

10秒前のことも忘れてしまう自分を許せずに涙を流した時の、祖母の悲しい姿が忘れられません。

祖母を支える祖父もまた、会社の中で重役とぶつかりながら労働者の権利を守ってきた、義理人情を絵に描いたような人。近頃はきょうだいや友人に次々と先立たれ、どこか心細そうです。祖母の病気に対応しきれずイライラすることも多いようですが、91歳になった今も「認知症の妻を残して逝くわけにはいかない」と、持病の手術に臨もうとしています。

最後に3人で出かけたのは、足利のフラワーパーク。色とりどりの花に2人とも大喜びでした。私は今も、仕事の休みを見つけては、祖父母の家に泊まりに行きますが、会うたびに祖母の過去の記憶が薄れているのが寂しいです。とはいえ、担当の医師からは、たとえ一瞬だとしても「何かを見たり聞いたりして感動する気持ちは、なくなっていない」と聞きました。祖母が見るたびに「きれい!」と何度も感動してくれるようなお花を贈っていただけると、うれしいです。

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

≪花材≫ラナンキュラス、フリージア、スイートピー、カーネーション、菜の花、バラ、ニゲラ、ユーカリ、ポリシャス

花束をつくった東さんのコメント

優しい祖父母に育てられたのですね。おばあさまがパステルカラーと、上品な感じがお好みとのことでしたので、春のパステルカラーでカラフルにまとめました。スイートピーにラナンキュラス、カーネーションにバラ。薄いブルーの花はニゲラといいます。まだつぼみのフリージアも入っています。咲くといい香りが広がります。きっと春を感じてもらえると思います。てっぺんに入れた菜の花の鮮やかなイエローがアクセントになっています。これからさらに花開けば、明るい印象の花束になっていきますよ。

優しいだけでなく、キリッとしたおじいさまのイメージも、下のグリーンに盛り込みました。青緑色でシルバーがかった葉っぱがユーカリで、間に入れた濃い緑色の葉っぱがポリシャスです。

最後に3人で行ったあしかがフラワーパーク、楽しかった記憶を思い出して、心を癒(い)やして欲しいです。

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

(文・福光恵 写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


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