花のない花屋

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。

新型コロナウイルスで大きな影響を受けた花の生産者を支援している全国農業協同組合連合会(全農)に、その活動の一環として連載にご協力いただいています。

あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードの応募はこちらから。

〈依頼人プロフィール〉
大越重知さん 51歳 男性
運転手
東京都在住

    ◇

私には、“上の妹”“下の妹”と呼んでいる2人の妹がいます。今回花を贈ってあげたいのは、12歳離れた“下の妹”です。

祖父、両親、年子の上の妹と私の5人家族に下の妹が加わったのは、私が小学校を卒業した年の3月でした。成長して少しずつ憎まれ口も言うようになった私たち兄妹、そしておそらくそれを少し寂しく思っていたであろう孫好きの祖父と両親のところへ、下の妹が生まれてきてくれました。

祖父はもちろんのこと、両親や私たち兄妹の愛情を受け、下の妹はすくすくと育ちました。両親とも共働きで忙しく、だんらんの思い出もあまりない私や上の妹とは違って、両親の仕事が落ち着き、時間の余裕ができた頃に生まれた下の妹は、両親の時間を独占。年の離れた下の妹を家族みんなでかわいがりました。下の妹は、「お父さんとお母さんが2人ずつおるみたいや」と言っていたくらいです。

そんな下の妹が、高校入学と同時に出会ったのがチアリーディングという競技です。元気で明るい彼女の性格にも合っていたのでしょう。家でもしょっちゅう跳びはねて練習するほど情熱を注いで高校、大学と全国大会で優秀な成績を収め、私たち家族の自慢でした。私たち兄妹はとっくに手が離れていたので、両親も全国大会の時には実家のある関西から東京まで応援に行くほどでした。

私が20代でアメリカに留学していたときに、下の妹はチアリーディングのエキシビションに招待されてフロリダまで遠征。留学先からフロリダに出かけていき、そのとき初めて彼女のチアリーディングを見ました。演技が終わると会場から割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションが起こり、見ている私が感動して鳥肌が立つほどでした。

大学卒業後は就職をして結婚し、2人の子供の母となった下の妹。ところがまもなく離婚して、両親のいる実家に戻ってきました。それでも両親の下の妹に対する愛情は変わらず、連れてきた小学生の2人の孫の可愛さもあって、両親は賑(にぎ)やかで幸せな毎日を過ごしていたようです。今から7年前には、父のがんが見つかり、入退院と手術を何回か繰り返しました。最終的には「病院のごはんが美味(おい)しくないからもう絶対に入院はしない」と宣言して、家で治療することになりました。

まだまだ子育ても忙しかっただろう下の妹は、実家を離れている私と上の妹に、「オトンとオカンのことは私がすべて引き受ける。だからお兄ちゃんお姉ちゃんはいつも通りに機嫌よくしていてね」と笑顔で告げ、数年間にわたって父を献身的に介護してくれました。

父は昨年2月に他界。最後は自宅で、家族全員で見送りました。花が好きで、花屋のパートもしている下の妹は「お父さんを花まみれで送りたいねん」と泣き、お悔やみの白い花だけでは寂しいと別のお花も手配して、その上で「今日から私が責任を持って花は絶やさんようにする」と宣言。その言葉の通り、父の仏前にはこの1年、絶えず新鮮な花があります。

いつもお花をありがとう。そして父の晩年に寄り添ってくれた感謝を込めて、下の妹に花束を贈りたいのです。

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

《花材》イトギク、バラ、エピデンドラム、セダム、スプレーバラ、多肉植物、ハラン、ブラックリーフ

花束をつくった東さんのコメント

笑顔で跳んではねて、見ている人を元気にしてくれるチアリーダー。まさにそんなイメージの、明るい花束となりました。レモンイエローでぴょんぴょん跳びはねているかのような元気いっぱいの花は、イトギクといいます。妹さんのパワフルさを象徴するかのようですね。手のひらくらいの大きさに、ぱーっと広がっています。明るいので正月の縁起物として好まれますが、花屋でもなかなか見かけないのでは? イトギクを全体にちりばめ、さらに山吹色とオレンジ色のバラ、多肉植物も散らしました。あまり目立ちませんが、緑色のスプレーバラも入っています。
妹さんがこれからも元気で、家族を照らし続けてくれますように。

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

(文・福光恵 写真・椎木俊介)

>>これまでの「花のない花屋」をまとめ読み

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こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

レモンイエローが似合う、12歳下のチアリーダーだった妹へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
近著に作品集「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERS Ⅳ 植物図鑑」(青幻舎)など。

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PROFILE

椎木 俊介(写真)

ボタニカル・フォトグラファー

2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。


10秒で失われる記憶。一瞬の感動を何度も贈りたい

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