このパンがすごい!

今こそ食べに出かけたい、しみじみ甘い川越の新麦パン/リュネット

  • 文・写真 池田浩明
  • 2017年8月25日

■リュネット(埼玉県)

 蔵の町としてたくさんの観光客を集める埼玉県川越。東京近郊の観光地というイメージのこの町に、実はパン用の小麦がとれる小麦畑がある。川越市と坂戸市にまたがる原農場には、遠くまでつづく小麦畑の中を大型のトラクターがいく、北海道さながらの景色がある。

 川越のパン屋10店舗が、「パンの町」をアピールしたいと、「川越パン連」を結成。川越でとれたハナマンテンを使って新麦の解禁を祝うイベント「収穫祭♥小麦畑よ、ありがとう!!」が、埼玉県産新麦の解禁日8月24日より1週間開催される。魅力的な店ばかりだが、中でも、古くから使いつづけてきたハナマンテンマスターを紹介したい。

 一瞬、錯覚かと思った。リュネットのバタールを袋から取り出したとき。おっとりしているとばかり思っていたハナマンテンなのに、バターのような甘さと情熱的な香ばしさが飛び出してきたのだ。

 約10年前、うどん用の小麦しかなかった埼玉でも栽培できる、待望の超強力小麦ハナマンテンは生まれた。けれど、アメリカ・カナダの小麦や北海道の小麦ほどパンのボリュームが出ない。電子顕微鏡をのぞいてわかるタンパク質のDNAはすばらしいパンへの適性を示しているのに、実際に作られたパンはそうならなかったのだ。

 リュネットの若松大輔シェフはあきらめなかった。もっとおいしいパンが焼けるはずだと毎日試行錯誤をつづけ、固く閉じられていたドアを開く秘密の鍵を見つけた。それはこんな製法だ。いきなりこねずに、粉と水を合わせただけの状態で置く。水の吸収力に弱点をもつハナマンテンがゆっくりと水を吸い、生地をやわらかく伸ばす力をつけ、甘さの花を開かせるのを待つのだ。

バタール断面

 そうしてできたのが、先に書いた、目覚ましい香りのバゲット。ハナマンテン100%でも(通常は弱点を補うため他の小麦とブレンドされることが多い)、きちんとふくらんで中には気泡がぼこぼこと空いている(おいしいバゲットの目印といわれる)。小麦と水を合わせて、丸一日置き、さらに長時間発酵。完成まで2日をかける。

「だいぶハナマンテンが見えてきました。水和(小麦と水が合わさること)に時間をかけてあげれば、どんなパンでも焼けるんじゃないのかな」

 高く上がった山食パンに、自家培養したルヴァン種のパン(パン・オ・ルヴァン)、クロワッサンまでも、ハナマンテン100%で焼いたという。若松シェフのパンは、ハナマンテンに弱点があるどころか、とてつもないオールラウンダーだと示している。

 若松シェフが収穫への感謝を込めて焼く、今年の新麦のパンはどうだったか? 川越の香り。新そばを食べるように、私は香りを食べた。

リュスティック

 リュスティック。ハナマンテンの風味は、わっとくる瞬間的な強さではない。そこはかとないけれど豊か、洗練ではなく素朴。そこから連想するのは、古民家の中へ入ったときのような、気持ちを落ち着かせる木の香り。あるいは夏の田園にあるような草の香りだ。そして噛(か)めば噛むほどしみじみと甘くなる。

 パン・オ・ルヴァン(カンパーニュ)ではすがすがしい木のような風味が、生地の密度のせいでさらに強調される。みっちりとした中身に歯がめりこむ。しめり、軽やかなもっちり。そこに、自家培養したルヴァン種からくる旨味(うまみ)の味つけが加わる。

ベーグル

 ハナマンテンがこんなにベーグルに向いていたとは。ふくらみ十分にして、歯切れのよさと適度なもっちり感を兼ね備えているではないか。はじめは甘く、やがて噛みしめると、あの田舎っぽい風味がフォルテシモで口の中に満ちてくる。

 ハナマンテンはおっとりしているだけに相手の素材を活(い)かすのが上手だ。ハニーマフィンでは、はちみつの香りがすごくよく生きている。川越でとれたはちみつの、花粉のような風味を、いまそこで花が咲いてみつばちが飛び回っているのではないかと思えるぐらい、手に取るように感じられる。ねとっとしながらぷつんと歯切れる感じもセクシーだ。

 いつでも会いにいける距離で作られた小麦を使ってパンを焼く。自らの腕で小麦のおいしさを引き出し、地元の人、小麦を作った農家さんによろこんでもらう。なんてすてきなことなんだろう。

外観

>>写真特集はこちら

■リュネット
埼玉県川越市砂新田2-8-11
049-292-9653
9:00~18:00
月曜休み
http://www.boulanger-lunettes.com/index.php

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

    ◇

「収穫祭♥小麦畑よ、ありがとう!!」のお知らせ

8月24日~8月31日
埼玉県産小麦の収穫を祝って、川越のパン屋が新麦のパンを作ります。

参加店舗
川越ベーカリー楽楽、善太郎、ブレッドマン、ナンツカベーカリー、WACCI、パン工房クローバー 、ブーランジェ リュネット、ベーカリー クレープ、パンのかほり、BAKELIKE 0044

その他、埼玉県内各地のパン屋で新麦のパンが焼かれます。

詳しいお知らせはこちら

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PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

連載をまとめた「日本全国このパンがすごい!」(朝日新聞出版)が待望の書籍化!北海道から沖縄まで全国の「すごいパン屋!」を紹介。ディレクターズカットを断行、エッセンスを凝縮し、パンへの思いもより熱々で味わっていただけます。
税込1,296円

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