#明日何着よう

祖父のショールを護符にして

  • 文・朝吹真理子
  • 2018年1月5日

祖父の形見のショールと、小説「TIMELESS」

 フランスの総合文化施設であるポンピドゥーセンターの分館がメッスにあり、いま日本のアートシーンを紹介するJAPANORAMA(ジャパノラマ)という展覧会が開催されている。私は、書き終えたばかりの「TIMELESS(タイムレス)」という小説を朗読しにメッスに来た。在仏のトモコ・ソバージュさんの水をもちいた音楽とともにセッションすることになっていた。トモコさんとは、Skype(スカイプ)でどんなセッションにしようか相談していた。彼女は、水を張ったガラスやセラミックボウルのなかに水中マイクを沈ませて、それで音をつくる。私の小説にも雨や水にまつわるシーンがたくさんあるので、雨の詰め合わせのようなセッションにしようと話していた。

 フランスには祖父の形見のショールを持ってゆくことにした。祖父は長くフランスに住んでいたので、ショールを巻くことで祖父と連れ立って歩いているような気がした。チャコールグレーの大判のショールは、すでに三十年くらい使っているのでところどころほつれはじめているのだけれど、そのぼろさがリラックスに繋(つな)がっている。

 イベント当日、はじめて外国で朗読をすることに緊張していたので、ショールを護符のように思って羽織ってから、マイクの前に座った。お客さんは百人ほど来てくれた。私は日本語で朗読し、フランス語字幕が黒い空間に白く浮かび上がるようになっていた。小説を朗読しているうち、自分の唇を動かしている日本語の意味がほどけていく気がした。日本語を解さない人と同じように、自分の耳にも日本語が音として聞こえていた。終演後、日本語が雨のように聞こえたと会場のひとに言われて嬉(うれ)しくなった。

 楽屋でケーキを囓(かじ)っておしゃべりに興じた後、帰ろうとして、ショールが手元にないことに気づいた。ショールは落とし物として管理人室に届けられていた。護符だと言いながらも、イベントが終わったらすぐにショールの存在を忘れるとは、ずいぶん薄情な孫だと思う。(作家)

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!