明日のわたしに還る

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INTERVIEW

川上未映子さん「性差別はあらゆる被害につながる問題。言うことを当たり前にしていきたい」(後編)

  • 作家
  • Mieko Kawakami
  • 2018.2.22

  

インタビュー:島﨑今日子 / 写真:馬場磨貴、ヘアメイク:吉岡未江子

川上未映子さんが、初めてのノンフィクション『きみは赤ちゃん』を出版したのは2014年、38歳のときだった。妊娠から出産、初めての子育てまでの一刻一刻をつづったこの作品を書いたことで、川上さんはジェンダーと対峙するしかなくなったという。作品は、数多の共感を呼んで版を重ねるロングセラーとなった。

 

 『きみは赤ちゃん』は、言ってみれば「実録・女が修羅になるまで」です(笑)。あれを書いたとき、すばらしい体験をしたからそれを記録に残したいといった気持ちはほとんどありませんでした。世の中には出産神話や母性神話を強化して、出産育児をキラキラ体験のように思わせるものがいっぱいあるけれど、私の中では「赤ちゃん、可愛い。すべての輝きをありがとう」みたいなことだけを書くつもりはまったくなかった。いや、赤ちゃんや子どもの存在って、本当にすごいんですよ、最高です。でも私は、言葉にすればすべてがフィクションになってしまうなかで、しかし「どこまで本当のことを書けるか」に迫りたかった。世間に「妊娠出産育児、これ死ぬよ。こんな過酷なことをやってんの、普通のことやと思ってくれるなよ! 」という実感も含めて、すべてを記録しようと思いました。

 帝王切開で息子を産んだんですが、お腹を切って、麻酔からさめたあとに「帝王切開 まじ やばい」とiPhoneで書いてからは数日間、一字も書けなかった。ふつうに息もできないし、動けない。頭ではわかっていたけれど、実際おなか切ってみたら身動きできず、身体的なダメージが想像以上に大きかった。

『きみは赤ちゃん』には、夫婦関係から甘やかさが急速に失われていく様子も綴られている。

 

 妊娠中は「夜中に2人で起きててもしょうがないよね。合理的に子育てしよ。」とか言ってたのに、現実となると「えーっ、ほんまに寝てるの?」(笑)。1日2時間、うとうととしか眠れず、しかも授乳も仕事も家事もあって、女の人への負担はものすごく大きい。それを、夫婦ともに内面化されたジェンダーロールのせいで、なんか当然だってことになっている。それを理解するにも時間がかかるし、女性性を搾取していることにも気づかないでいられる「男性性」が、許せなくなる。そして目のまえにいるこの人も、そのように生きてきて、これからも生きていけると信じている男性なんだと認識するようになる。私たちは話し合いを重ねることができたけれど、その過程は多大なエネルギーを要する、本当に大変なものでした。パートナーシップについて、心底考えさせられた数年間でした。

 あと、身体的に、3年間ぶつ切り睡眠を続けていたら目はかすんで見えなくなるし、でも仕事はあるし、助けてくれる人は近くにいないし、ちょっと思いだしてもぞっとするくらい異常な状態だった。今でも、たとえば、ほぼワンオペで子どもを育ててるお母さんのツイッターなどを読むと、そのしんどさに涙が出てきます。本当につらいですよ。ワンオペで家事や育児をしている母親たちのツイートは、最大の協力者であるはずの男の人へ無理解への恨みに満ちあふれています。当然ですよね。そこに仕事があったりすれば、非対称性はより際立つ。出口なしのしんどさです。

 子どもの性格や傾向も大きいです。うちの子は3歳まで寝ない子でした。きつかったです。夜の11時に「これで眠らんかったら赤ちゃんやない、たのむ!」と祈りながら最後のミルク200ccとか飲ませても、仏像みたいな顔してパチリと目を開けて私を見てるんですよ(笑)。おかしくなりそうでした。一方で、子どもへのかけがえのなさみたいな思いもあって、そのアンビバレンツな感情両方ともが本当。これは、ちょっと書いておかないとという気持ちでした。

育児って全員新人みたいなもの。3年たつと戦場が変わる

 

その気持ちは今も続いています。女の人って次々乗り超えて行く対象が変わっていくんですよ。 次はPTA! 次は介護! とか。NPO法人フローレンスの駒崎弘樹さんもお書きになっていましたが、身体障がい者の人たちなら、ずっと障がいを生きていくから実践の蓄積ができるんです。でも、育児って全員新人みたいなもので3年たつと戦場が変わるから、みんな何が問題だったのか辛かったのかをいったん置いて次の現場に向かっていく。だから、継承がうまくいかなくてなかなか状況が変わっていかない。

 もちろん、共同保育を呼びかける貼り紙を貼った時代に比べると、今はSNSもあって、「ここにいけばこの情報がある」というのは心強いし、蓄積も一部にはある。でも、もっともっとそのルートを太くして、女の人のためのインフラを整備していきたいです。そのために、状況をちゃんと見て、それらを言語に置き換えておかなければいけないという気持ちがますます強くなっています。

  

 最近、息子がニヤニヤしながら「ちんちん」と言って、人が「もうやめてよう」とか反応するのを楽しむので、性器を使ってふざけるなんてあんまり面白くないし、クールじゃないと提案します。もちろん私も一緒に笑ってすごすこともありますけど。で、息子が「ちんちん」と言ったら、私も同じ数だけ「まんまん」と返すことにしてる。#Me tooの動きなどもあり、だんだん世の中変わってきてますよね。
 でも、年輩の男の人にいくら訴えても「最近、女がうるさいなぁ」ぐらいしか思わない人も多いでしょう。すべての女性が強い態度で状況を変えられるわけじゃない。言えない場合がほとんどでしょう。私はできるだけ発言していますが、それは私の特殊な就労環境のおかげでもあります。それに加えて意識しているのは、次世代を担っていく息子に対する教育です。「人の身体に触るには合意が必要だ」ということを、ちゃんと教えていきたいです。あと、友だちが「いやだ」「やめて」と言ったら、ふざけていても面白くても、悪気がなくても、すぐに、ぜったいにやめること。『いやだ』は『いやだ』って意味なんだよ、と。これは原則として伝えています。

 生理のことも教えています。女性はナプキンを隠して持っていたり、生理は隠さなければいけないみたいに育ったけれど、なんでそんなことしないけないのか。私は、「今日は生理だから一緒にお風呂に入れない。なぜならまんまんから血が出てるから」と言う。息子が「えーっ」と驚くと、「痛い血じゃない。ウンチと同じで、女の人は月に1回まんまんから血が出るの」と説明する。生理痛があるときも「しんどいの?」と聞かれると、「生理でしんどい」と伝える。そしてたら「そうなんだ、だいじょうぶ?」となっていくんですね。女の性や身体のことタブーにしたらいけないです。

先日、川上さんが、妻たちが使う「主人」に異議を唱えたコラムが炎上した。

 

 私も、好きで「主人」と使っている人には何も言いませんし、そんなの言えませんよね。ただ、「なんかおかしいな」と思っている人に対して、「おかしいと感じるのはふつう。主従関係を表す言葉を使っていると、無意識に“奴隷根性”が染みついて、いざというとき行動できなくなるかもしれないよ、あなたが夫婦は対等な関係だと思うなら、夫と呼ぶほうがいいんじゃない? 選択しよう」と言ってるんです。

 でも意思表明は難しいですよね。これを言ったら雰囲気変わるなと思うときもあるし、ことに大きな組織の中で声を上げるのは、タイミングもあるから難しい。でも、やっぱり少しずつでも変えていきたい。これまでたくさんの人たちが、問題を言語化し、可視化させ、いろんなことを変えてきてくれました。セクハラ、パワハラ、お茶くみ。痴漢は犯罪になりました。家庭内のことでも職場のことでも、少しずつでも変えていきたい。男性も、新人社員の飲み会で一気飲みさせられたりとか、根性論で追い込まれたりとか、そんなことがもう通用しない社会になるといい。

 そんななかで、まだ「LGBTを認める」とか「いてもいい」とか「女性も輝いてください」とか、上から目線で言われる。何様なんだよと。私たちはそういう価値観を再生産してはいけない。やっぱり、おかしいと思ったことは発言していかないと。私個人でいえば、言うことを当たり前にしていきたいです。
 だって一回限りの自分の人生だもの、泣き寝入りはできない。そのために、自分が何を考えているか、何を考えられていないのかについては、常に確認しておくことが大事だと思っています。

 こういうことを言ったり書いたりすると、「川上も真面目になって面白くなくなってきた」とか「そういう芸風でいくようになったんだね」とか同業者に揶揄(やゆ)されることもあるんだけれど、性差別はあらゆる被害につながるし、こっちは生き死にの問題なんだよ、と。変えていかなきゃ、死ぬんですよ。じっさい死んでいるし。家事も育児も、自分の身の回りの世話も女性にやってもらって、自分たちがいかに下駄を履かせてもらっているかには言及もせずに、呑気なものです。

 周りにも言われるし、自分でも思うんですけれど、私は仕事が本当に好きで、タフだと思います。どういうわけか、自分でも制御しきれないエネルギーがぐつぐつ沸いてるんです。24時間、書いていたいです。息子を産んでからはやっぱり全力を発揮できていない焦りもあるけれど、「ぜんぶ見てるからな、待ってろよ世界!」って、いつもぎらぎら、瞬きしています(笑)。本気で、130歳くらいまで生きて、一冊でも多くの本を書きたいと思っています。うちは長寿の人が多いから、いけるかも(笑)。

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