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明日のわたしに還る

明日のわたしに還る

INTERVIEW

「東京の台所」は、散らかっていても、料理してなくてもいいんです

  • 大平 一枝作家・エッセイスト
  • Kazue Ohdaira
  • 2018.2.16

 作家でエッセイストの大平一枝さんが、撮影機材がつまった大きなカメラバッグとともに、都内160軒の台所に入り込み、住む人の心を描き出す……。「&w」創刊と同時にスタート、いまや看板連載となった「東京の台所」も、連載5周年を迎えました。2月のある日、大平さんの取材に同行しました。

文・写真 &w編集部

 取材は、「東京の台所」記事についている投稿ページに送られてくるメールの中から大平さんが連絡を取り、自宅に伺う方式だ。この日も着くとまず、カメラバッグからビニールシートを取り出して、床に敷くところから始まった。取材宅の床を汚さないよう、その上にバッグを置いてひろげ、台所についてのアンケート用紙を取材相手に手渡し、書いてもらっている間に台所を撮影する。

  

 台所に入ると、許可を得るなり冷蔵庫も、引き出しも、扉も、容赦なく開ける。次々と開けては「どこで買ったんですか?」「なぜこれが好きなんですか?」……細かく細かく質問していく。話を聴きつつ、さらに質問は、「これがないと困るものありますか?」「愛用しているお皿はありますか?」「実家から持たされたとか、手放せないものはありますか?」などなど、だんだんと深まっていく……。

 撮影が終わると、撮ったばかりの画像をパソコンに保存し、それを一緒に画面で見ながらさらにつっこんだ質問が続いた。この日は、夫と別居婚している女性が取材相手。でもそばで見ていると、「えーなんで別居なんですか?」「うわ、それは書けないわ!」「うんうん、あるあるー」などと、ぽんぽんと明るい質問と相づちをいれつつ、取材なんだか昼下がりのおしゃべりなんだかわからない瞬間も。

  

 「そう、聞きにくいことも、となりのおばさん的に遠慮なく近づくようにはしてますね。となりのおばさんだと思うと、えーどうして離婚したの? とか、普通ならためらう話も聞けるし、相手もつい話しちゃうでしょ? うん、おばさんを武器にしてます(笑)」

 この日、取材を受けた女性は、最後に言った。「次々といろんな質問をされて、脳トレみたいで楽しかった。いままで考えたことがなかったような自分のことをたくさん聞かれて、しゃべってしまって、なんだか不思議な感じです……」。

 大平さんは、朝日新聞デジタル前身のasahi.comで、2001年から「小さな家の生活日記」という家族の記録、暮らしの記録を11年間、連載していた。開始時は息子6歳、娘2歳。同じ保育園に入れず、2カ所に送り迎えしていた。

 「ウェブってものがよくわからないころで、こういう記録を誰が読むのかな、と思いつつも、とにかく書いてましたね」

 その連載を経て5年前、大平さんのところに、市井の人の台所を取材して本にしないかという提案が平凡社から寄せられ、朝日新聞デジタル「&w」で始まったのが、「東京の台所」だ。連載が始まるとき、作家の重松清さんとの対談で、言われた。「もう自分のことは書かない方がいいよ」。

 いつか自分のことで書くことがなくなって、行き詰まる。自分のことではなく、ひとを書いても、行間から大平さんならではの視点や思いは表出するはずだよと。

 「わたし自身、ずっと女性誌やインテリア誌の仕事でキッチンなどを取材しながら、なぜいつも、何がどこでいくらで買えるっていう話とか、何カ月も待つようなおしゃれな作家もののキッチンツールやなべの話ばかりなんだろう、という疑問がありました。それよりも、その台所で何を作って誰と食べるか、あるいは食べてないかのほうが大事なんじゃないかと。特に料理が得意でもない人の台所や、新しくもない台所を取材したい、キッチンではなく、日本人のお勝手、台所、それも著名な人ではなく、普通の人の台所の話を知りたい。そう思って取材を始めました」

  

 だが、毎週更新を続けて3年目ぐらいだっただろうか、「台所取材に飽きた」と思ったときがあったという。自分の中で、ストーリーが予定調和的になり、最後は“幸せな台所”でしめくくるような、パターン化してしまったような気がしていた。「『東京の寝室』にテーマを変えようか、って話をしたときもありました。でもさすがにちょっといろいろまずいかなぁと(笑)」

 ちょうどそのころに取材したのが、1冊目『東京の台所』にも出ている「父の記憶、母の味、そしてハンバーグ」

「目に見える台所の向こうに、目には見えない話、もっと深い人生の話が広がっている……。そこまですくい取らないとこの取材は意味がないんだ、ということに気づきました」

 同じころ、新潟日報で50年間、連載「家事レポート」を続けてきた吉沢久子さんの言葉に出会った。「一生書き続けるためには、毎回が勝負です」

 「……衝撃を受けました。飽きるなんておこがましい。100人いれば100通りの台所、生き方、人生があるんだって。だから『東京の台所』は散らかっていてもいい、おしゃれではなくても、料理をしていない台所でもいいんです。実際いつも取材に行くと、『だから応募した』って、よく言われます。でもそういう人のほうが多いと思う」

 ひと瓶の塩や、一枚のお皿など、ふと気になったところにぐっと潜っていく。出てくる人の立場や境遇は違うのに、台所を入り口に大平さんに見いだされ、差し出される言葉が、読む人の中の何かと響きあう。

 「台所に踏み込んだ時点でもう胸襟というか、みんなオープンマインドになってくれるんです。話をしながら、泣く人も多いです。これは、対談させていただいた作家の平松洋子さんがおっしゃっていて、はっとしたのですが、台所という空間が人の踏み込まない奥の院だからこそなんでしょうね」

  

 大平さんは台所の取材と同時に、雑誌やウェブで常に月8~10本の連載や原稿を抱え、書籍も同時進行している。最近では原爆開発「マンハッタン計画」に関わった科学者たちへのインタビュー記録『届かなかった手紙』(角川書店)、日本語の技ありフレーズをまとめた『昭和式もめない会話帖』(中公文庫)と、追いかけるテーマは幅広い。 >>書籍プレゼントのページへ

 「失いたくないものを書き留めておきたいという思いが強いですね。大量生産、大量消費ではない側の生き方、大事にしてきた日本人の精神性が伝わるような話を書きたい。それは台所とか、昭和の日本語とか、原爆開発者の話まで、すべて自分の中でつながっているんです」

 連載を始めたころ、保育園に通っていた2人の子どもはこの春、社会人と、大学生になる。取材で、子どもが巣立った人の台所に行くと、家具や調味料、お酒などのセレクトが子ども中心じゃなくなっていることに気づくようになった。子育てを卒業すると、こんな感じになるんだな、と、自分と重ね合わせたりする。

 「取材とともに、自分も歳を重ね、どんどん変わってきました。人生のステージの変わりめでしたね。先も見えてくるし、取材する新婚さんに対しても、5年前より視線があったかくなりました(笑)。自分の子どもを見る感じ。あとはこの5年で、書き手としてデジタル媒体への信頼感が生まれました。ちゃんと真摯にやれば真摯に答えてくれる、読者に届くメディアなんだなって」

 大平さん自身の台所ライフも、日々、取材の影響を受けているという。トリュフ塩や、出してもらったお茶など、取材帰りに買ってしまうことも。2月17日と23日のイベントでは、大平さんが現物も持参予定。取材の裏側や、忘れられない台所を一気に語り尽くします!

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