#明日何着よう

愛用のパジャマだけれど…

  • 文・朝吹真理子
  • 2018年2月26日

1月に訪れたパリで

 子どものころ、映画「裏窓」で小さな鞄(かばん)にシルクのナイトガウンだけ詰めていたグレース・ケリーの姿がまばゆくて、大人になれば胸元の深くあいた寝間着で恋人と過ごすのだと思っていたが、寒がりの私は生涯そのような薄着で眠ることはないだろう。

 私が愛用しているパジャマは、ヤクの毛とオーガニックコットンの混紡の厚手のパジャマで、ふっくらした厚みに安心感があり、同じパジャマを数着持っている。盛夏以外はほぼ毎日それを着ている。私は枕が変わると不眠症になってしまうタイプなので、旅行先には、くたくたになってほとんど自分の肌と同化したボロを持ってゆく。猫が四方の壁ににおいをつけるように、自分のにおいをホテルに持ち込みたいのだと思う。

 1月、私は出張でパリにいた。仕事を終えてホテルに帰り、あとは寝るだけ、というタイミングで、ホテルの部屋の電気が突然切れた。

 停電だと思って慌てて外にでてみたが、廊下の明かりは煌々(こうこう)とついていた。私の部屋のブレーカーだけおちたのかもしれなかった。暖房、ドライヤー、湯沸かしポット、iPhone充電をいっしょに作動させたのがまずかったのかもしれないと思いながら、内線は繫(つな)がるようだったからかける。真っ暗でよくみえないなかiPhoneを手探りで探した。私は英語もフランス語も不得手で、グーグル翻訳を使って状況説明を、と思う前に電話がフロントに繫がってしまったので、なけなしの英語で、fuseが切れた、と言った。しかし電話の相手から、shoesがどうかしましたか、と応じられる。え、シューズ?ヒューズヒューズ!と伝えるものの、そもそもあっているのかもわからない。フロントの女性が中国語の話せる係に繫ぐと言ってくれるが、中国語じゃさらにわからない。それは大丈夫です、と応えると、事態全体が大丈夫なのだと解されて、よかった!マダム、落ち着いて、大丈夫、ボンヌソワレ、と電話が切れた。

 私は洗濯しすぎてよれてくたくたになっているパジャマで、フロントにおりた。荘厳なシャンデリアの垂れ下がるフロントにボロをさらすことになるとは思わなかった。

(作家)

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