明日のわたしに還る

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INTERVIEW

伊藤まさこさん「暮らしにお手本はありません。どんなときも自分の気持ちに忠実に」

  • スタイリスト
  • Masako Ito
  • 2018.4.6

居心地のいい暮らしに視線をおいたスタイリングが、なんとも軽やかで、美しい。つねに自由な風をまとって仕事をしているように見える、スタイリストの伊藤まさこさん。25年というキャリアのなかで、伊藤さんが大切にしてきたこと、気分のいい暮らしをつくるために心がけていることとは?

取材・文:仁平綾 / 写真:馬場磨貴

普通という基準が、逆に人を不安にさせる

 鴨肉の隣に高級ワイン、ケーキの横にはカスミソウ、バレンタインのチョコレートだったら、くるくるとカールさせたリボンを飾りにあしらう。今から25年前、料理の撮影現場では、そういうお決まりのスタイリングが繰り返されていたという。

「こんなこと、私たちの生活ではしないのに……」

 文化服装学院を卒業後、インテリアスタイリストのアシスタントとして働き、その後料理専門のスタイリストをしていた伊藤まさこさんは、そんな違和感を覚えた。

「バレンタインは、華やかでかわいい雰囲気じゃないといけない。そんなの誰が決めたんだろうって」
 型にはまったやり方に、心地の悪さや疑問を持つことが少なくなかった。だから、失敗を重ねながら、周りの大人に支えてもらいながら、「自分はこうする」と思うことを貫いてきた。

 例えば料理のスタイリングは、メニューに合わせた器やテーブルクロスを、何通りも用意して撮影に挑むのが一般的。でも「料理は、作る人の生活スタイルが表れるもの。だから過度にスタイリングをせず、それぞれの料理家の方たちの“らしさ”を出したい。そう思って、厳選したお皿やクロスだけを持って撮影現場に向かい、時には料理家の方の器を借りたりして撮影していました」。

「スタイリストは引き出しの多さが重要だけど、引き出しを全部持ってこられてもね」
 あるとき、現場でそんなふうに言われた言葉も、常に頭の片隅にあった。
 撮影用の器も、リース屋で借りるのが常とされていたが、伊藤さんは日頃から自身のセンスにかなうものを買い求め、撮影に自前の器を使うこともしばしば。テーブルクロスにはしっかりアイロンをかけ、四方八方からテープでとめピンとさせるのが慣例だったけれど、「そもそも日本人にはテーブルクロスを敷く習慣があまりないし、敷くとしてもそんなことしないよなあって思って」、洗いざらしで折りじわもあるクロスをラフに敷いて、より自然な食卓の風景を実現した。

 「普通はこうだから、というのが好きじゃないんです。普通って誰が決めるんだろう。普通という基準があると安心する気持ちはわかります。でも、逆に基準があるからこそ、無理に自分を合わせようとして焦ったり、不安になったりするんじゃないでしょうか」

 「自分がどう思うかが軸」というその生き方は、子どもの頃に体得したもの。「両親から、ああしなさい、こうしなさいと言われたことがないんです。だから自分で考えて行動する、その責任は自分で持つ、ということが自然と身についたんだと思います。親から信頼されていると思うと、子どもは必然的にちゃんとしようと思うものですからね」

散らかっている部屋が落ちつくなら、それはそれでいい

 生活者の目線から、日常をすてきに変える。多くの支持を集めて現在に至る伊藤さんを、暮らしのお手本にしている人も多いと思うけれど、当の本人は「暮らしにお手本はないんです」ときっぱり。
 「もちろん憧れている人はいるし、これまで出会った人や場所、経験から影響を受けてもいます。でも、基本はどんなときも、“自分の気持ちに忠実でいること”です。私の場合は、気分良く生きる、というのがそれ。例えば部屋をこまめに掃除するのは、そうすると自分の気分がいいから。だからもし逆に散らかっている部屋が落ちつく、という人がいたとしたら、それはそれでいいんですよ」。

 朝はだいたい5~6時に起床し、メール作業や原稿書き、同時に家事もこなし、夕方6時には、「晩酌を楽しむために」すっぱり仕事を終える。夜9時台にはなるべくベッドに入り、8時間半の睡眠時間を確保する。なかなかまねのできないストイックな暮らしに思えるけれど、それらもすべて「自分が気分良く生きるため。以前、糸井重里さんに、伊藤さんって、快楽主義者だよねと言われたけれど、たしかにと納得しました」と笑う。

 気分良く生きるため、伊藤さんがもっとも嫌うのは、“溜める”こと。
 早寝早起きをして、疲れを溜めない。仕事は常に整理し、抱え込まないように気をつける。愚痴があれば親しい友人や一人娘の胡春さんにも聞いてもらい、すぐに忘れる。「娘は同じ愚痴を2回聞いてくれないんです。その話聞いたよね、もういいよね、って言われちゃう(笑)。でもそういう人が身近にいてくれて助かってます」

 驚くべきは、メールの管理。用件が終わったメールは削除するか、ファイルに分けて保存し、受信箱のメールは常に「今動いている仕事のみ」で、30件以内に心がけているのだとか。

 どんなときも自分の気持ちに忠実でいるため、「仕事をしているときも、料理を作っているときも、ダラダラしているときも、友だちと会っているときも、すべての時間、自分を感じている」

 そんな境地に近づく第一歩は、やはり「自分の“気持ちいい”って感覚を大切にすること」だという。「例えば旅先でホテルに泊まった時、ベッドリネンが気持ちいいなあ、って思ったとするでしょう。そうしたら、家に帰って、自分のシーツを洗ってみるとか、思い切って一新してみるとかね」

 そうして、少しずつ身のまわりに自分の“好き”を増やしていく。「センスは人それぞれ。正解はありませんから。だからまずはひとつずつ、気に入りのものを揃えることから始めてみたらいいと思います。これでいいや、という間に合わせで物を買わないこと。そうすれば、やがて好きなものに囲まれた、気分のいい暮らしがきっと叶うはずです」

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