東京の台所

<164>1LDKで5人暮らし。台所を家の中心に据えたわけ

  • 文・写真 大平一枝
  • 2018年3月7日

〈住人プロフィール〉
美容師・40歳(男性)
戸建て・1LDK+店舗・JR中央線 国立駅(国分寺市)
築年数37年・入居9年・妻(40歳・ヘアメイク、着付け)、長女(16歳)、次女(9歳)、長男(3歳)と5人暮らし

 外から見ると、ごくふつうのこぢんまりした2階建ての一軒家。玄関扉を開けると、古材のフローリングが広がるワンルームで、奥に鏡と椅子が2台置かれている。
 ここは自宅兼店舗の美容室だ。美容師は彼一人。完全予約制である。
 2階は、広々とした1LDKで、フリーでヘアメイクや着付けの仕事をしている妻と、3歳から高校1年の3児、家族5人の居住スペースだ。

 子どもたちの個室はない。リビングにそれぞれの机と持ち物スペースがあり、夜は引き戸で間仕切りをして3室にする。
 子どもたちの玄関も、店舗の入り口と共用だ。

 「高知から上京。東京の美容学校を出て、ほかのサロンで修業をしていたころから、自分がサロンを作るときは、自宅に併設にしようと決めていました。たとえば、子どもがただいまーって帰ってきたのがお客さんにもわかる。僕の暮らしの状態もわかるような、家族的でにぎやかで楽しい店にしようと」

 住人の彼は、穏やかな表情で語る。自宅から離れたところにサロンがあると、帰宅が遅くなる。結婚して家族を持ったとき、それではコミュニケーションが圧倒的に不足すると、懸念した。

 「僕は東京で、ひとつの家族のかたちを築くのが夢であり、僕自身のアイデンティティーでもあります。長女、次女、長男。ここを巣にして、ここから安心して巣立っていってほしい。都心の美容室で夜遅くまで働いて、疲れ果てて帰るというスタイルでは、寝るだけになってしまい、その形はつくれないので」

 かくして、結婚3年目、郊外に築37年の中古住宅を購入。2児が生まれ、さらに店は予約でいっぱいになり、専業主婦だった妻は、夫の仕事を手伝うため、次女が生まれてから美容学校に入校。免許を取得した。

 現在は、妻は店の手伝いの他に、フリーランスとして着付けやメイクを請けおい、外のフォトスタジオなどで仕事をしている。
 「彼女には彼女の才能がある。それを生かさないのはもったいない。僕の母は、自営の父の仕事を手伝っていましたが、本当は別の仕事を持ちたかったと、ことある事に言っていました。母は精神的に自立したかったのかもしれません。僕は、奥さんには母のように後悔をしてほしくないと思いました」

 3年前、リフォームをした。働きに出た妻とのコミュニケーションを絶やさないための工夫をこらした。
 その筆頭が台所だ。以前は、1階に水回りがあり、ひとりで料理をしたり皿を洗いに階下まで降り、家事をする妻が孤立していた。
 今は、リビングの一角に台所を作り、誰もが気軽に手伝うことができる。この効果は大きかった。

 「誰かが料理をしていると、じゃあ私これ切るね、僕はこれをと、自然にみんなで台所に立つようになりました。末っ子は、そんなぼくたちを小さな椅子の上に乗って楽しそうに見ている。長女は料理が苦手なんですが、早く下校した昼に僕は料理をしながら、脇にいる彼女とずっとしゃべってる。なんでもない時間ですが、僕にはそれがすごく楽しい」

 取材の初見で、個室も間仕切りもない1LDKに5人で暮らすという発想に驚いたが、「みんなで共有できる空間にしたい」という彼の思いを知ると、たしかにそれが隅々まで反映されている。施主の願いをくんだ良い設計だと感心した。

 家族のかたちを整えたい。コミュニケーションを大事にしたいという彼の根底には、ふたつの理由がある。
 ひとつは、長女と血縁がないこと。だからこそ意識して一つの家族になることに心を配る。もうひとつは、幼いころの経験だ。
 「僕は平屋の一軒家で育ちました。ところが中2で、広い2階建てに越した。すると子どもは個室にこもるようになり、明らかに家族の会話が減っていったんですね。そのとき兄がちょっとグレてしまって。今思えば、越したことで意思の疎通が取れなくなったんですね」

 プライバシーが欲しくなったらまた気軽にリフォームをすればいい。その前に巣立ちが来るかもしれない。いずれにしても、幸せのものさしはその家ごとに違っていい。

 彼が用事で階下に降りた隙に、私は妻に無粋なことをささやいた。
 「優しい旦那さんですね。再婚してよかったですね」
 彼女は照れたように笑った。
 「優しすぎるほど優しい。でも、いつも自分のことを後回しにしちゃうんで、それが心配なんです、私」

 家族の絆とは、魔法のように自然にできあがるものではないような気がする。意識してつむぎ、整えるものだ。少なくとも、彼はそうやって5人の巣を作ってきた。その手段のひとつに、家の真中に台所を据えた。
 料理に興味のない長女は、そのうちきっと餃子やケーキなぞを焼きはじめるに違いない。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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