明日のわたしに還る

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INTERVIEW

寺島しのぶさん「今はけっこう、ゆだねる方が楽しい」

  • 女優
  • Shinobu Terajima
  • 2018.3.7

 平凡な主婦から破滅的な情念を抱えた女まで、寺島しのぶはどんな役柄に扮しても、当たり前のようにそこにいる。熱演の対極にある、リアルな存在感。次に何を見せてくれるのかがこれほど気になる日本の女優はそうはいない。「簡単な役には何の興味もわかない」と公言する果敢なチャレンジャーは、母になって「受け止める楽しさ」を知ったという。

文 深津純子 / 写真 馬場磨貴

 今年は舞台とともに始まった。池袋・東京芸術劇場の「秘密の花園」(福原充則演出)。アングラ演劇を代表する劇作家・唐十郎が下北沢・本多劇場のこけら落としのために書き下ろした伝説的作品の再演。寺島はキャバレーホステスの「いちよ」と彼女の元に通い詰める青年の姉「もろは」の2役を演じた。

 「もう2度とやりたくない芝居ベストワン。これだけ千秋楽が楽しみなことはなかったです」

 公演前の劇場で、寺島はきっぱりと言い切った。「演出家にも共演のみんなにも言っています。本当に苦しい」。唐ならではの濃密なセリフが飛び交う愛憎劇は、激しい水しぶきの中で幕を下ろす。ほとんど出ずっぱりの真冬の舞台で毎日水浸しになり、心身ともにボロボロになったのだと言う。

 「もう45歳、もうちょっと自分をいたわってあげようかって思うんだけど、結局はいたわれないんですよね。1回1回燃え尽きちゃって、未練なんかない。判子を押された感じですね。このお芝居、この役が今の私の限度。もう少し年をとったらできないよ、って」。

 それでも、楽屋に訪ねて来た仲間たちからは異口同音に「楽しそうに演(や)ってたね」と声をかけられた。そういう風に見えるものなのか、といぶかりながら、記憶に残らないような仕事ではなく「2度とやりたくない」と思えるほどの体験ができただいご味をどこかでかみしめる。そんな感覚が、彼女を前に進ませる。

 唐ワールドに続いて、4月にはイプセンの代表作「ヘッダ・ガブラー」(栗山民也演出)の舞台に挑む。19世紀末の社交界の花だった将軍の娘ヘッダが、凡庸な学者と結婚し退屈な日常に直面する。高慢で自己中心的に見えるヒロインの秘めた葛藤や焦燥が大きな見どころだ。

 「うわぁーって感情を外に出すんじゃなくて、心がうわぁーっと動いている女。台本を読む限りではとっちらかった理解不能な人物だから、これは活字で読むより演った方がきっと面白い。相手の目を見て、芝居を受けて、そこでどんな感情が浮かび上がるか。台本には細かい心理描写は書かれていないんです。ということは、役者が自由に読解していい。そこはすごく楽しみですね。『うわっ、怖い女』っていうので終わっちゃったらたぶん失敗。『こういう人、たぶんいたよね』と思ってほしい」

 ヘッダの夫の小日向文世、元恋人の池田成志、彼女の過去を知る判事の段田安則ら、腕利きの共演者との駆け引きも楽しみだという。

 「みなさん投げてくるものが直球じゃない。変化球からチェンジアップからナックルボールから何だってできるような人たちばかり。だからこっちはそれを受け止めて100倍で返す(笑)。最高ですよ、本当に。どストレートで表現する人たちじゃないから、もっともっと入り組んだ、お客様をいい意味で裏切る面白い人間関係を描ける。この方たちの芝居をどう受けるか、すごくわくわくしています。最近は、”受ける”のがとても楽しいんです」

 かつては、自分で考え抜いた芝居を思う存分演じ切ることに情熱を注いだ。「若かったから、そこまでしか引き出しがなかったんでしょうね。今はけっこう、ゆだねる方が楽しいと思えるようになった」。英会話教室で新たな自分を発見するヒロインを演じた映画「オー・ルーシー!」(平柳敦子監督)でも、ジョシュ・ハートネット、役所広司、南果歩らと軽やかなアンサンブルを見せ、米国の第33回インディペンデント・スピリット・アワードの女優賞に「スリー・ビルボード」のフランシス・マクドーマンドらと並んでノミネートされた。

 「日本の映画がもっともっと世界に羽ばたこうとしてほしいとずっと思っていた。でも、『日本でやれればいいや』とあんまり羽ばたこうと思わない人も多いみたいで。私はそこでは満足したくない。その第一歩として『オー・ルーシー!』に出逢えたことは本当にうれしいし、スピリッツ・アワードの候補に入ったのは奇跡的だと思います。本当にいきなり候補になったので、『この映画なに?』ってハリウッドの映画関係者も注目してくれているとか。そういう風に、世界で見てもらえるのはありがたい。そんな作品に出続けたいと思います」

 世界に目を向けるきっかけになったのが、フランス人の夫ローラン・グナシアさんの存在。東京の映画祭で出会ってひと目で恋に落ち、2年後の2007年に結婚した。ベルリン映画祭女優賞を受賞した「キャタピラー」(若松孝二監督)への出演も、若松ファンの夫の後押しがあった。

 「身近にいる彼から『なんで日本はこうなの? なんで?』といつも言われるから、以前だったら絶対に疑問に思わなかったようなことも『なんで?』って思うようになりました。例えば、日本ではなぜ仕事の拘束時間があいまいで、長時間働くのか。ハリウッドだと、組合のルールでこれだけ働いたら何時間休むと決まっている。きちんと休まないといいものは作れない、それがアーティストを守ることなんだ、という考えなんです。今回ロサンゼルスで撮影して、そのありがたさが身にしみました。フランスも、やってることと貰っているものが割に合わないとすぐにストを起こす国だから、『日本人はどこまでいい奴ぶるんだ』とよく言われます」

 「オー・ルーシー!」はカンヌ国際映画祭の学生映画部門で認められた短編を長編映画に発展させた作品。若い才能と組むことは、自分のライフワークのひとつだと言う。

 「日本は有名じゃないと注目してくれないけれど、フランスでは無名の才能をいかに有名にするかに国が全力を挙げている。それが当然だと思うし、芸術が広がっていくってそういうことじゃないかな。日本には、すごく才能があるのに世に出るのに時間がかかっちゃってる人たちがいっぱいいる。そんな状況にイライラするくらいなら、一緒に組んでいい作品を作っちゃおう、と。それはずっと続けていきたいですね」

 常にアンテナの感度を磨いておきたいと願う一方で、2012年に生まれた長男の子育てにも忙しい。だが、家で疲れた顔は見せられない。夫から「君、好きでこの仕事をしてるんだよね」と鋭いひと言が飛んでくるからだ。

 「くたびれた顔で起きてくると、『もう1回ドアを閉めて、笑顔であいさつして』って。そりゃわかるんだけど、こっちも怒涛の日々なんですよ。かと言って、仕事を控えるというのは自分らしくない気がする。子どものことになると、一生懸命になりすぎちゃって、自分が情緒的に崩れるのもわかっているし。世の働くお母さんたちはみんなそうなんでしょうけれど、日々悩んで、日々忙しい、日々自分が何やってるんだかわからない感じですね」

 舞台の本番を控えた昼間に子どもを公園に連れて行き、気が付くとへとへとになるまで競争していたことも。根っからの体育会系。「時間ができたら、子どもと全力で遊びたい。それこそ1個受けたら100返すみたいな感じで、『お母さん、もういいよ』って言うまで遊び倒したい」と笑う。

 「うちの両親も本当に忙しかったので、親子の関係は量より質だっていうことは実感していた。だから、うちの子にもそういう風にしたい。彼は彼なりに、踏ん張って我慢してくれているのでね。そういうものを背負いつつお芝居をすることが、またどこかの引き出しを豊かにすることにつながればいいなとも思っています。向こうはどう思ってくれているのか、わかりませんけどね」

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