東京ではたらく

はとバスのバスガイド:小林夏海さん(31歳)

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2018年3月8日

  

職業:バスガイド
勤務地:大田区
勤続:10年
勤務時間:不定期
休日:不定期

この仕事の面白いところ:毎日変わる風景や季節を一番乗りで見られるところ
この仕事の大変なところ:ご案内にまつわる情報をすべて暗記しなければいけないところ

    ◇

 バスガイドとして勤務して10年目になります。黄色いバスでおなじみの「はとバス」に乗って、東京をはじめ、各地を回るツアーに同行、ご案内しています。

 出身は茨城県です。とにかく地元を出て一人暮らしをしたくて千葉の大学に進学しました。その時は明確な将来の夢は持っていなかったのですが、せっかく大学に行かせてもらうのだからと思って、社会福祉士の資格を取れる学部を選びました。

 社会福祉士を選んだのは、物心ついた頃から小さい子どもやおじいちゃん、おばあちゃんが好きだったから。大学では病院などで実際に患者さんと接する実習もあったのですが、社会福祉士の仕事について知るうちに、自分には向いていないかもしれないなと思うようになって。

 例えば入院している方のお世話をしている時。次に外出できるのが水曜日だとすると、患者さんはすごくその日を楽しみにされているんですね。「じゃあ水曜日はお向かいのスーパーに行って買い物をしましょうね、楽しみですね」と約束をするんです。

 でも実際、私はその日の帰り道にその店に寄れちゃうわけです。それがなんだか悪い気がしてしまって。そういう不自由な生活をしている方がいるのに私は簡単にできてしまうっていうことにどうしても罪悪感を覚えてしまったんです。

 社会福祉士が関わる患者さんというのは、多くが死に向かっていく方なんです。そうした状況の中でどう楽しく生きるか、そのお手伝いをするのが仕事なのですが、私はどうしても気持ちが落ち込んでしまって。本当はそこを引っ張っていかなきゃいけない立場なのに。

東京半日観光の朝は雪。「雪景色の東京を見られるなんて、みなさんはラッキーです」。小林さんの明るいあいさつで車中は和やかムードに。

 なら自分にはどういう仕事が向いているのかなと考えたとき、まず一日中デスクに座っている仕事はできないなと。パソコンも苦手ですし(笑)。じゃあ自分が好きなことってなんだろうと思いをめぐらせたら、旅行だなと。

 うちは両親も旅行が大好きで、小さな頃からよく家族旅行に出かけていたんです。私はとにかくじっとしていられない性格と言いますか、外に出たい派で。大学時代はサーフィンとスノーボードのサークルに入って、海外旅行もよくしていました。そういうもろもろを総合したら「旅行」というキーワードに行き着いたわけです。

 就職活動では今勤務しているはとバスと旅行代理店、航空会社のグランドスタッフの三つに絞ってエントリーしました。特に第一志望というのは考えていなかったのですが、試験を受けている間に重大なことに気がついてしまって!

 私が受けていた旅行代理店は添乗業務がなくて、仕事はいわゆるカウンター業務だけ。自分は動けないわけです。それは航空会社のグランドスタッフも同じなんですよね。

 扱う旅はグローバルなんですけど、自分はカウンターの中で旅を「取り扱っている」だけ。でも私はとにかく動きたかったので、それじゃダメだ!と。もっと早く気がつけよって感じなんですけど(笑)。それで自分もお客さまと一緒に旅ができるバスガイドになろうと思ったんです。

 バスガイドの試験は途中までは一般企業と同じで筆記と面接です。でもその次に実技審査というのがあって、指定された案内文をマイクでしゃべるテストや歌唱審査もありました。

「はじめてご案内する場所は、指定の教本に加えて自分で情報を収集します。道路地図を描いてその上にご案内するスポットと説明文を手書きして、自作のノートを作っています」

 他の学生は聴かせる系のバラードを歌う人もいましたけど、私は歌がちょっと、いや、かなり苦手でして……。苦肉の策で、幼稚園生の乗っているバスを想定してアニメの主題歌を歌いました。ノリで切り抜けた感じですね(笑)。

 アナウンサーのように学生時代にスクールに通っていたわけではないので、発声などはすべて入社後の研修で教えてもらいました。あとは立ち居振る舞いや接客マナーなども研修期間中にみっちりたたきこまれます。

 入社後すぐの研修は初期研修と呼ばれるのですが、これが本当に辛いものでして。たまにテレビで「新人バスガイド、涙の研修」みたいなドキュメンタリー番組があったりしますが、まさにあんな感じです。みんな泣きながらやっていました。

 一番大変なのは暗記です。まずは、はとバスが回る東京各地の地名や道路名、名所の名前や概要、それにまつわるご案内文をすべて覚えなければいけません。その教本がとにかく分厚くて……。寝る時間以外はみんなそれを覚えていました。それはもう夢に出てくるほどで。

 ある程度地名や道路名が頭に入ったら、今度は実際にバスに乗って、はとバスが巡るコースを走りながら勉強します。例えば海岸通りを走っているとJALビルが見えてきます。まずはビルの位置を覚えて、「ここを通る時はJALの歴史や飛行機のお話をするんだな」と。もちろんお話しする内容もすべて暗記しなくてはいけません。

「何食べましたか?」浅草での自由観光を終えたお客さまをお出迎え。「たまに迷ってしまう方もいらっしゃるので、その時はお迎えにあがることもあります」

 さらに「この通りは右に曲がると何号線、左に曲がると何号線……」と、道路がどうなっているのかもすべてメモ。そうやって東京中を走り回って、風景と知識を徹底的にインプットするんです。

 実車研修中に少しでもご案内のタイミングがずれると「JALビルはとっくに過ぎてるから!」なんて、すぐさまお叱りの声が……。バスはどんどん動いていくので、それに合わせてお話しするのはすごく難しいんです。しかしまあ社会人になってこれほど人に怒られることがあるなんて、入社前は考えてもみませんでした。

 でも泣いても笑っても、新人ガイドは5月のゴールデンウィーク前にデビューすると決まっています。研修期間は1カ月半しかありませんし、新人といえども車内でメモを見るのは厳禁ですから、先生方も厳しくなって当然です。もうやるしかないという気持ちで、同期同士励まし合って地獄の研修期間を乗り越えました。

 デビューは都内を巡る1日コース。先輩は同乗しませんし、1日ずっと一人でお話しするのも初めての経験です。もちろんお客さまには新人だとはお伝えしていなかったのですが、最後、終着地の東京駅に着いた時には、安心や辛かった研修のこと、いろいろな気持ちがこみ上げてきて、最後のごあいさつで涙が出てしまいました。

 その時、あるお客さまが「涙拭きな」と、ティッシュケースを手渡してくださったんです。「これから頑張ってね」とお声がけくださった方もいました。その優しさが本当にうれしくて。その時のことはずっと心にありますし、10年バスガイドをやっていても、それが一番忘れがたい瞬間かもしれません。

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校で野生動物学を学ぶ。出版社勤務を経てフリーランスに。山岳・自然をテーマに雑誌や書籍の編集を手がける。2010年に女性向け登山雑誌『Hutte』(山と溪谷社)を立ち上げ、独自の視点で登山や自然の楽しみ方を提案した。著書に『山と山小屋』(野川かさねと共著、平凡社)、『山登りのいろは―たのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年生まれ。神奈川県出身。雑誌、書籍で活動するかたわら、ライフワークとして山を撮り続ける写真家。著書に『山と写真』(実業之日本社)、『山と山小屋』(小林百合子と共著、平凡社)、『山登りのいろは―たのしい登山のヒント集』『一生ものの、山道具』(ともにホシガラス山岳会著、パイ・インターナショナル)など。

今、あなたにオススメ

Pickup!