東京の外国ごはん

台湾の屋台にいるみたい ~有夏茶房(台湾料理)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2018年3月14日

 「台湾」と聞くと、反射的に「ああ……いいなあ」とため息がもれてしまうのは、私だけじゃないはずだ。台湾=おいしい。台湾=楽しい。台湾=気持ちいい。台湾=かわいい……。台湾は、ここ数年すっかり日本人の心をわしづかみにしている感がある。そして、台湾の魅力は人の優しさや明るさなどいろいろあるけれど、やっぱり食の魅力も大きいだろう。

 東京では台湾料理店の選択肢が多すぎて迷いに迷ったが、2017年9月にリニューアルオープンしたばかりの「有夏茶房(ゆうかちゃぼう)」を訪れた。

 有楽町線、要町(かなめちょう)駅からすぐ。地上に出ると、台湾の国旗が目に飛び込んできた。外の看板には「魯肉飯(ルーローファン)」やら「台湾牛肉麺」「大腸麺線」などの文字が……。ああ、たまらない。台湾の味がすぐそこに。

 さっそく扉を開けると、10席ほどのこぢんまりした店内には台湾の古い家具が置かれていて、なんともチャーミングな雰囲気。席につくなり、昨年9月からメニューに加わったという「台湾牛肉麺」(1080円)をいただいた。ああ、この独特の風味……!  日本料理にはないスパイス使いに思わずニンマリ。

「醤油(しょうゆ)をベースに八角やシナモンなど7、8種類のスパイスを入れてスープを作っています。もちろん、化学調味料は一切使っていません。自家製のラー油を少したらすと、また違った味が楽しめますよ」

 オーナーシェフの陳威銘(ちん・いめい)さん(45)がそう言って、ラー油を持ってきてくれた。辛さを控えめにし香ばしさを引き立たせているという。さっそく器の下の方にたまった黒い部分からスプーンですくいあげ、麺に入れてみた。すると、たしかにまた違ったおいしさが。香ばしさが鼻から抜け、後から少し辛さがくる。これもまたいける。

 牛肉麺だけでボリュームがあるが、「魯肉飯」(650円)を食べないで帰ることはできない。魯肉飯とは、ご飯の上に豚肉の細切れをのせた台湾の大衆料理。豚肉は醤油、砂糖、揚げたねぎで長時間煮込んでいる。台湾では皮付きの豚肉を使うことが一般的だが、日本では皮付きの豚肉はないので、手で細切りにしているという。「皮付きの方が、食感があっておいしいでしょ」と陳さん。

 肉とご飯、煮卵と高菜の炒め物をよくまぜて、パクッ。肉の脂肪と豚皮のコラーゲン(ゼラチン)が溶け込んだトロトロの煮汁が、白米に染み込んでおいしい。台湾では小ぶりの茶わんに盛られるのが普通だが、ここでは日本の丼ものサイズに合わせて、現地より多めに出しているとか。

 そして最後は「芋丸豆花(いもだんご・とうほわ)」(750円)。キラキラと輝く宝石のような一品が出てきた。豆花(とうほわ)とは、豆乳をかためた豆腐のようなプリン。そこに台湾の九份(きゅうふん)から取り寄せたサツマイモとタロイモの粉で作った団子を加えている。豆花はまさに濃厚でクリーミーな豆腐のような味がする。団子はもっちもちだ。

「豆花も団子もぜんぶ自家製です。団子は作り置きをせず、注文がきてから作るので、香りもいいんですよ。今回は冷やして出しましたが、冬はあたたかいデザートにもできます」

 ウーロン茶で作った特製タピオカミルクティーも絶品。単品料理はどれもテイクアウトできるそうなので、少しずついろいろ試したい欲望にかられる。

 それにしても……取材中もひっきりなしにお客さんが訪れる。しかも大半が中国語を話す人。どうやら中国人や台湾人のお客さんのようだ。それほど現地に近い味なんだろう。

オーナーシェフの陳威銘(ちん・いめい)さんご夫婦

 陳さんは台北市生まれ、新北市(しんぼくし)育ち。わずか10歳で日本に来たという。すると、「僕はだまされて日本に来たんですよ」と、突然びっくりするようなことを言った。

 聞けば、陳さんが幼い頃に両親は離婚。母はその後日本人と再婚し、おばあちゃん子だった陳さんを台湾に置いて、日本にいた。陳さんはおばあちゃんの家に住み、そこから学校に通う平和な日々を送っていた。そんなある日、日本にいる母から連絡がきたのだ。「ディズニーランドに連れて行ってあげるから、日本に遊びに来ない?」。

 時はちょうど1983年、東京ディズニーランドがオープンした年だった。陳さんはよろこんで日本へ飛んでいった。そして、2、3週間が経ち、そろそろ台湾へ帰ろうという頃……。母が突然こう言った。「帰る? 何を言ってるの。学校の手続きも終わっているから、このまま日本にいなさい」。

 まさかの事態に陳さんはショックで大泣き。友達にお別れもしていないし、おばあちゃんだって台湾にいる。そもそも住むつもりで日本に来たわけじゃない 。「いやだ!」と抵抗したが、子どもの力ではどうしようもなかった。

 それから母と新しい父と、池袋での生活が始まった。最初はすべてが大変だった。しかし、さすがに子どもは順応が早い。日本の生活にもすぐに慣れ、 登校日初日に友達を6人も家に連れてきたことは、母もさすがに驚いていたという。

 日本語はさっぱりわからなかったが、母が家庭教師をつけてくれたおかげで、あっという間に話せるようになった。中学校を卒業すると、今度は中国語を忘れないようにと四ツ谷の中華学校へ入学。そして卒業後は、居酒屋などでアルバイトをしたり、久しぶりに台湾へ行ったり、東京で中華食材の卸売会社に就職したり……と様々な経験をした。そして、知人のつながりで出会った台湾出身の女性と結婚、子どもを授かった。

 陳さんは20代から30代といろいろな仕事をしてきたが、「いつかは自分のお店を」という気持ちはずっとあったという。なんといっても、昔から料理が好きだったのだ。

「僕は中学生くらいからずっと料理をしていたんです。好きだったし、やらなきゃいけない状況もあって。母は夜もお店をやっていたので、夕飯のときはいたりいなかったり。だから、『材料を買ってくれれば、自分で作る』といって、いろいろな料理を試行錯誤していたんです。それがとっても楽しくて」

 そこで、陳さんは中華食材の卸会社で働く傍ら、まずは中国茶を出すお店を始めようと決めた。子どもが手を離れた妻も働きたがっていたので、簡単な料理は陳さんが作り、お店は妻に任せるというスタイルでやってみることにした。

大好きな料理を仕事に

 そして2010年、今のお店がある場所に「有夏茶房」をオープン。不動産屋でたまたま見つけた物件を自分たちの手で改装し、小さな「茶房」に仕立てあげた。

 それから5年後、いよいよ陳さんは会社を辞め、夫婦2人お店一本でやっていくことに。思い切って、料理をきちんと出すお店にリニューアルオープンした。何かきっかけがあったのだろうか? と聞くと、意外な答えが返ってきた。

「実は……きっかけは占いなんです。台湾に帰ったとき、よく当たるという占師のところへ行って。普段そういうものはまったく信じていないんですが、そのときは、その人が僕の過去をどんどん当てていったんですよね。それで、この人のことは信じてみようと思って。彼女に『40歳を過ぎたら独立しても大丈夫』と言われたので、43歳で辞めることにしちゃったんです」

 思い切った決断だったが、大好きな料理を仕事にすることができて、しかも今も繁盛している。「まだ続いているということは、いい決断だったのかな……?」と陳さんは笑う。

 キッチンは陳さん、カウンターから外は妻。それぞれの得意分野を生かし、仲良く店を切り盛りしている姿がほほえましい。

 有夏茶房は一切広告を出していないし、facebook以外はホームページもない。すべては口コミだけだ。池袋から1駅という便利とはいえない立地だが、今や地方や海外からもひっきりなしにお客さんがやってくる。

 自分たちのペースで、自分たちがいいと思うものを日々作る。それに賛同したお客さんが口コミでどんどん増えていく。ネット時代ならではの商いだろう。

「ここは小さいお店なので、お客さんもみんな友達みたいな感じなんです。一歩中に入ったら、台湾の屋台にいるような気分になってくれたらうれしいですね」

 まさかの来日からはや35年。すっかり日本に根付いた陳さんが、日本と台湾の食文化の架け橋になっている。

>>「有夏茶房」のフォトストーリーはこちらから

■有夏茶房
東京都豊島区西池袋5丁目25−9 一瀬ビル1F
電話:03ー3972ー1959

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