クリトモのさかな道

栗原友さん「魚修業でつかんだ、自分の道」

  • インタビュー
  • 2018年4月24日

  

 「&w」の幕開けとともにスタートした連載「クリトモのさかな道」で、旬の魚のおいしい食べ方を楽しくナビゲートしてくれる栗原友さん。料理家一家で育ち、当たり前のようにその道を目指したのかと思いきや、自信を持って料理の仕事ができるまでには長い道のりがあった。コラムを手がけて5年。結婚、出産と人生が大きく動く中で、それでも変わらず貫く流儀とは? 栗原さんが料理をプロデュースする東京・浅草の居酒屋でお話をうかがった。

    ◇

料理家を仕事にしようとは、思ってもいなかった

 父は食通の健啖家(けんたんか)として知られる元キャスターの栗原玲児さん、母はるみさんは、言わずと知れた人気料理家。友さんは、子どものころから食べることが大好きだった。
 料理は、早くから母が教えてくれた。「共働きで両親とも忙しかったから、子どもたちだけでもちゃんとした食事ができるようにという思いがあったんだと思います」。最初は市販のだしやスープのもととシンプルな食材で基本を教え、それができるようになったら、自分たちでだしを取り、食材や味付けでアレンジして……と、段階を踏みながら教えてくれた。「子どもだから最初から難しいとイヤになっちゃう。今思うとうまい教え方だったなぁ、って」

 友さんも弟の心平さんも、自然と料理の腕を磨いていった。心平さんは母と同じ料理家の道へ。友さんは、しかし、「料理を仕事にしようなんて、これっぽっちも考えたことがなかった」と振り返る。
 「母を見ていて本当に大変そうだった。私は食べる専門でいいや、って」

 高校卒業後は、大好きなファッションの勉強をしようと服飾専門学校へ進む。
 成績は優秀だったが、ひたすらパターンを引き続ける毎日に「向いてない」と1年で休学した。

 知り合いの紹介で、海外のコレクションやファッション関係のPRの仕事に10年近く携わることに。ショーのない時期は、ファッション誌の編集者やライターとして、グラビアや広告ページを担当するなどした。

居酒屋「夜のさわぎ」。東京・浅草の遊園地「花やしき」の敷地内にある

 ファッションの仕事に区切りをつけ、語学留学でロンドンへ。現地の食文化にすっかり魅せられた。

 「ハロッズの料理の盛り付け、マークス・アンド・スペンサーのレディミールのパッケージ……。なんてオシャレなんだろう! と感激しました。スコットランドの伝統料理などにも出会って、食の世界がぐんと広がりました」

 どん欲に活動の場を広げていき、外国の友人に和食を振る舞う機会も増えた。「『おいしい』と言ってもらえるのがうれしくて料理がどんどん楽しくなってきた。イギリスで受けた影響はすごく大きかったですね」

 一方で、海外に出たからこそこんなことを思いつく。
 「着物や伝統文化についてもっと知っていれば、日本の食文化を伝えやすくなるかも」
 友さんは驚きの行動に出る。向島の置屋の扉をたたき、「かもめ」=芸妓(げいこ)のアルバイトを始めたのだ。「女将(おかみ)さんに『薫子』っていう立派な名前までつけてもらって(笑)」。お座敷に上がったことで、日本ならではの食を通じたコミュニケーションを学んだ。「鯛(たい)の身をほぐすと、ほら、鯛の形をした骨がある。『鯛の鯛』といってとても縁起がいいんですよ……なんてね。これは海外でものすごく受けました」

 日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の政府が立ち上げた国際機関「日本アセアンセンター」から、アセアン諸国の料理を日本に紹介する「アセアンフードアンバサダー」に任命されたことも。「現地に足しげく通い、スパイスやハーブの使い方を学んだ。今も私の料理の大事なベースになっています」

  

 あるとき転機が訪れる。オフィス用品のカタログ誌で料理ページを作ることになり、友さんに声がかかったのだ。
 「『栗原はるみの娘なんだから、できるでしょ?』という安易なオファー(笑)。確かに私は食べることも料理も好きだけど、仕事としてやる自信は正直まったくなかった」
 戸惑う友さんの背中を押したのは、ほかでもない母はるみさんだった。「大変だけど、いいじゃない!」。その言葉で心が決まり、初めて料理の仕事に挑戦する。連載は評判を呼び、少しずつだが仕事が入るようになっていった。

このままだと「栗原はるみの娘」でしかない

 はた目には料理家として順調にキャリアを積んでいるように見えたが、しかし、友さん自身は「このままじゃダメだ」と、焦りのような気持ちを感じていたという。

 「世の中に料理家とか料理研究家と呼ばれる人は山ほどいる。その中で私は『これが得意分野です』と自信を持って言えるほどのものがなかった。当時の私は『栗原はるみの娘』でしかなかった」

 そんなモヤモヤを感じていたとき、決定的な出来事が起きる。撮影のために用意された丸ごとの魚をさばくことができなかったのだ。
 「魚の調理が苦手だった。もう恥ずかしいやら悔しいやら……。これは徹底的に魚に向き合うしかないと決心しました」

築地の魚の世界に飛び込んで

 友さんが向かったのは、なんと東京・築地の場外市場の鮮魚店。「働かせてほしい」と志願する。
 「一番苦手なことを一番得意なことにして、誰にも負けない強みにしようと考えたんです」

 市場は肉体労働だ。朝7時には店に出て、朝食、昼食とまかないを担当した。その間に店頭に立ったり買い出しに行ったり。「休憩もなくて一日中立ちっぱなしだし、腱鞘炎(けんしょうえん)になるほどカキの殻をむかされるし、寒いし暑いし臭いし」と笑いながら、「でも、楽しかったんだよなぁ」。魚の目利きやさばき方、おいしい食べ方はもちろん、近所の乾物屋や八百屋からもかわいがられ、プロのだしの引き方を教わり、貴重なぬか床を分けてもらったりもした。「知らないことを知り、できなかったことができるようになる。それが最高に楽しく刺激的だった」

 さらに修業を始めたのとほぼ同時に、こんな依頼が舞い込む。「魚についてコラムを書きませんか?」。そして連載「クリトモのさかな道」がスタートした。

 「原稿を書くために市場で働く人たちに話を聞きに行きました。魚に詳しくなれただけでなく、知り合いや仲間がたくさんできた。これは今も大切な宝物。みなさんのおかげで『得意なのは魚です』と胸を張って言えるようになったのです」
 そして、こう続けた。

 「父や母のおかげで食べることが大好きになったけれど、もしそのまま料理の道に進んでいたらうまくいかなかったと思う。料理家としての私を育ててくれたのは、間違いなく築地の人たち。心から感謝しています」

ビールが進む、やげんなんこつ

キュウリとちくわの炒飯も、クセになる

 友さんは魚屋の上司と結婚。「魚のさばき方を一から教えてくれたのが、今の夫です」。切迫流産の危機を乗り越えて最愛の娘も授かり、日々の子育ての経験から魚を中心とした離乳食のレシピ本を手がけるなど、仕事の幅は広がった。そして、「クリトモのさかな道」はこの春、連載5年目を迎えた。

 「結婚して出産して子育てして、そして魚のことが大好きになって。この連載とともに、いまの私が形作られていると言っても過言じゃない。そして、日々の暮らしの中で魚をもっと気軽に楽しんでもらいたいという思いがますます強くなりました」

 連載を休んだのは、出産直後のわずか1回。2カ月後には仕事に本格的に復帰した。「引き受けた仕事は絶対に穴を開けたくなかった」。「栗原はるみの娘」から「クリトモ」として独り立ちできるまでの道のりがあったから、仕事があることのありがたさを痛感しているのだ。そんな友さんを支え続けているのが、魚のプロの夫だ。
 「おなじみの魚介類の意外な食べ方から、珍しい魚の解説まで、的確にアドバイスしてくれる最強のブレーン(笑)。夫がいてくれたから続けてこられた」

看板をハンドバッグに見立てて楽しそうに走り回る、友さんの娘さん。店の前で

私も、働き続ける母のように

 料理教室やイベント、新店のプロデュースなど、多忙に全国を飛び回る日々。子煩悩な夫はもちろん、実家や友達の手を借り、区の子育てサポーター制度などもフル活用し、精力的に仕事をこなす。料理家の母と魚のプロを父に持つ娘は、3歳にして立派な食いしん坊に。最近はかわいいエプロン姿で一緒にキッチンに立つことも。友さんが料理や酒をプロデュースした浅草花やしきの居酒屋「夜のさわぎ」では、ときどきお手伝いもしてくれるちっちゃな看板娘だ。
 「私も働く母の姿を見て育った。どんなに大変でもやりたい仕事をやる。そんな私を娘にも見ていてほしい」

 自分の店を持つ、夫の夢を手伝う、できれば2人目の子どももほしい――。これまでもこれからも、やりたいこと、かなえたい夢は持ち前のバイタリティーで手にしていくのだろう。

 「やるなら、とことん!」。それがクリトモの流儀。

(文・中津海麻子 写真・松嶋 愛)

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栗原友(くりはら・とも)

1975年生まれ、東京都出身。2012年から4年間、築地「斉藤水産」に勤務した。現在は料理教室を中心に活動する傍ら、魚料理の啓蒙や、魚を用いた食育に力を入れている。また、東京・浅草の遊園地「花やしき」内の居酒屋「夜のさわぎ」をはじめとする飲食店のプロデュースなど、幅広く活動中。近著に『クリトモの大人もおいしい離乳食』(扶桑社)、『クリトモのさかな道 築地が教えてくれた魚の楽しみ方』(朝日新聞出版)。

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PROFILE

栗原友(くりはら・とも)料理家

写真

1975年生まれ、東京都出身。2012年から4年間、築地「斉藤水産」に勤務した。現在は料理教室を中心に活動する傍ら、魚料理の啓蒙や、魚を用いた食育に力を入れている。また、東京・浅草の遊園地「花やしき」内の居酒屋「夜のさわぎ」をはじめとする飲食店のプロデュースなど、幅広く活動中。近著に『クリトモの大人もおいしい離乳食』(扶桑社)、『クリトモのさかな道 築地が教えてくれた魚の楽しみ方』(朝日新聞出版)。http://kuritomo.co.jp/

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