東京ではたらく

河合塾Wingsの講師:中野まゆみさん(33歳)

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2018年4月19日

  

職業:進学塾講師
勤務地:江戸川区
仕事歴:2年目
勤務時間:13時~22時
休日:週休2日(曜日は不規則)

この仕事の面白いところ:生徒たちと楽しく話せるところ

この仕事の大変なところ:生徒ひとりひとりの学力や性格を把握しなければいけないところ

    ◇

 都内にある河合塾Wingsという小中学生向けの進学塾で講師をしています。今受け持っているのは中学2年生の数学と中学3年生の理科で、10~20名前後のクラスで授業を担当しています。

 もともと人に何かを説明したり、教えたりすることが好きで、大学は自然と教育学部を選んでいました。教員免許を取るための教育実習などもひととおり経験しましたが、就職は教育業界へ進まず、システムエンジニアの仕事に就きました。

 大学時代にコンピューターを使った物作りが楽しいなと思ったことが大きな理由でした。仕事は楽しくてやりがいもありましたが、なかなかハードで、忙しい時には昼夜問わず働くことも多々ありました。3年ほど働いた頃に体を壊したこともあって、その後は歯科助手として働いていました。

中野先生が勤務する西葛西教室。近年大学進学率を上げている難関都立高校への受験に特化した進学塾で、小学5年生から中学3年生の生徒が学ぶ

 そうこうしているうちに30歳が目前に迫ってきまして、そこでこの先どんな仕事をしていきたいかと立ち止まって考えたわけです。転職するには30歳というのは一つの区切りというか、それを越すとやりたい仕事があってもなかなか転職しづらくなってくるだろうなという気持ちもありまして。これが最後のチャンスかなと。

 教育の仕事がしたいという気持ちはいつもどこかにありました。中でも塾講師という職業を選んだのは、大学時代に塾講師のアルバイトをしていたということもありますが、自分自身、大学受験で浪人した経験がありまして、そのとき1年間河合塾でお世話になったんですね。

 教育関係の転職先を探していたとき、今勤めている河合塾の求人が目に留まったのは、懐かしいなという気持ちがありましたし、自分自身がお世話になって、無事大学に合格できたという思い出があったからかなと思います。浪人生のコースは高校のように時間割が決まっていて、それこそほぼ毎日、朝から河合塾に通っていましたので(笑)。

中2の生徒は1クラス10名ほど。前回行ったテストを返却して、模範解答を配る。「思うように点が取れなかった生徒にはとくに注意を払って、できるだけ声をかけるようにしています」

 河合塾に勤めるようになって校舎に行ったときは懐かしかったですね。浪人時代に教わった先生方の中にはまだ現役で教えてる先生もいらして、思わず「私、先生の授業とってました」とご挨拶したこともありました。もう十数年も前のことですからもちろん先生は覚えていらっしゃいませんでしたが、それでも感慨深かったです。

 最初に配属されたのはまさに自分も通った浪人生向けの大学受験科というコースで、1年目は講師ではなくチューターという進学アドバイザーとして勤務しました。その名の通り、生徒ひとりひとりに進学についてのアドバイスをする仕事で、模試の成績を見て苦手を克服するための対策を一緒に考えたり、本番の試験が近くなってくると、三者面談を通して受験のスケジュールをどうするかの相談に乗ったり。

 私は40名くらいの生徒を受け持っていたのですが、生徒ひとりひとりの状況を把握するのはなかなか大変でした。相手は高校を卒業した子たちなので、手取り足取りしなくても、基本的にひとりで塾に来て勉強して帰るんですよね。そんな中で苦労しながらも生徒たちとコミュニケーションをとって、成績や進路、性格などを把握するようにしていました。

動物が好きな中野先生。デスク前に置く名札にも動物のイラストが

 あとは、チューターというのは勉強そのものを教えるという仕事ではないんです。

 あくまでも進学アドバイザーという立場ですから、模試の成績が悪くて悩んでいる生徒がいる場合は、学習計画についてのアドバイスをしたり、やる気を引き出すような会話をしたりしていました。私はもともと「教える」ということが好きでやりたかったので、2年目に今の教室に講師として異動することが決まったときはうれしかったですね。

 とはいえ、いざ教えるとなると大変です。大学時代に塾講師の経験があるとはいえ10年以上前のことですし、当時とはカリキュラムも大きく変わっています。何より教えるのは難関都立高校を目指す生徒たちですからプレッシャーもあって、最初は「どうしよう、どうしよう……」と焦りました(笑)。

 幸い先輩の講師の方々が随分と助けてくださって、本番の授業が始まる数カ月前から模擬授業を見て足りない部分を指摘してくださったり、先輩の授業を見せてくださったり。あとは授業でどんなプリントを使ったらいいかをアドバイスしていただいたり。それでなんとか初授業にこぎつけたという感じですね。

 初授業はもちろん緊張しました。本当にもう決められた項目をきちんと教えるということで精いっぱいで(笑)。それでも念願だった「教える」という立場に立てたことがうれしかったですし、生徒たちと直接顔を合わせて話したり、ひとりひとりの性格や今思っていることを把握できるのは大きな喜びでした。


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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

小林百合子

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

野川かさね

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

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写真

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

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1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

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