bookcafe

<88>早期退職で実現、「大好き」が詰まった秘密基地 「Under the mat」

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2018年4月19日

 中目黒といえば、桜の名所として知られる目黒川、蔦屋書店などが軒を連ねる駅高架下、居心地のいいカフェや居酒屋などがあり、住み心地の良さから人気のあるエリアだ。しかし、多くの人でにぎわうのは東急東横線・中目黒駅の改札を出て左手となる山手通りの池尻方面側。右手に行く人は少なく、ましてや目黒銀座商店街を通り過ぎ、駒沢通りを越えた先となると、足を運ぶ機会はあまりないだろう。

 「Under the mat」はそんな場所にある雑居ビルの2階にひっそりとたたずんでいる。マンション2室の壁を抜いた空間で、入り口のドアが2つある。店内のいたるところに雑貨や絵本、本、レコードなどが飾られ、まるで秘密基地のよう。店内に鎮座するアップライトピアノは、ロマノフ朝時代のロシアで作られた「J.Becker」のもの。持ち主は店の近くにある音楽系出版社の会長で、「自由に使っていいよ」と言ってくれたことから、ここに設置されることになった。

 店を切り盛りするのは藤崎悦朗さん。長年、中目黒に本社がある某アパレルメーカーに勤務していたが、自分の店をやりたいと常々思っていたことから定年を前に早期退職。慣れ親しんだ中目黒で物件を探し、ここを見つけた。約1年かけて床板を張ったり、壁を塗ったり、棚を作ったりして内装を仕上げ、2016年1月にオープンした。

 「知り合いや会社の後輩に手伝ってもらって、少しずつ作っていきました。普段はワンオペで店を回していますが、ライブなどのイベント時は、後輩たちに助けてもらっています」

 特にコンセプトらしいものはなく、あえて言うならば“目のやり場に困らない店”という藤崎さん。一人で訪れても居心地よく感じてほしいという気持ちが込められている。確かにごちゃごちゃとした店内は雑然としているようでいて随所にセンスが感じられ、見ていて飽きないどころか、むしろ店内の隅々までじっくりと見て歩きたくなるほど。

 店内に置かれた絵本約300冊は藤崎さんの私物。幼少期から絵本が好きで、大人になってから集めたものだ。音楽も好きなので、レコードプレーヤーとアナログレコードも並べた。店内に飾られている雑貨類も、藤崎さんが長年集めてきた“ガラクタ”。つまり、この店は藤崎さんの好きなものでできている。

 「雑貨は販売するつもりだったんですけど、飾っているうちにだんだん売りたくなくなって……。お客さんに値段を聞かれると、『本当に買います?』と思ったりして(笑)」

 店をオープンした頃は、仲のいい友人たちが訪れるだけ。藤崎さんから積極的な宣伝活動は行っていないものの、次第に口コミやSNSで店の存在が知られていった。近所の常連がぽつぽつと増え、イベントやライブをきっかけに店に通うようになった人もいる。どうやって見つけてくるのか、今では外国人も訪れるようになったという。

 「店をオープンしてから2年。赤字垂れ流しだったのが、ようやく出血が止まったところ。飲食店の80%は3年以内に潰れると言われているので、そうならないよう続けていくのが今の目標です」

 毎日店を開け、客の注文に応じてドリンクやフードを用意する。そんなに多くのメニューを揃(そろ)えられないので、出前も持ち込みもOKにしている。還暦直前の藤崎さんにとって「体力的に大変」というが、飄々(ひょうひょう)とした風情で店で過ごす時間を楽しんでいるようにも見える。

 「会社で働いている時はビジネス上、自分の本心とは違うことを言わなくてはならないこともありました。でも、自分の店では自分に正直でいられます」

 店名の「Under the mat」は、親しい人にだけ教える、秘密の鍵の隠し場所のこと。

「大切なものは足元にある、という意味もあるんです」

 長年集めた絵本やレコード、雑貨類……。 大好きなモノたちに囲まれてすごすひとときの心地よさをこの店は教えてくれる 。自分にとっての大切なものも、案外身近なところに隠れているのかもしれない。

■おすすめの3冊

『なかなおり』(文/シャーロット・ゾロトウ、訳/みらいなな、絵/アーノルド・ローベル)
1963年初版の古典的な絵本。雨の日に起きたママの憂鬱(ゆううつ)が家族に広がり、ふとしたきっかけで謝って仲直りしていくという物語。「絵が面白いんですよね。この絵本はうまく言語化できないけど好きなんです」

『たんぽぽのお酒』(著/レイ・ブラッドベリ、訳/北山克彦)
たんぽぽのお酒に込められた、少年の愛と孤独と夢と成長の物語。「少年の時の、その時にしかない瞬間を思い出させてくれる物語で、何度も読み返しています」

『みどりのゆび』(著/モーリス・ドリュオン、絵/ジャクリーヌ・デュエーム、訳/安東次男)
「みどりのゆび」は、世界中のどんな場所にでも花を咲かせることができる不思議な指。大金持ちの両親の間に生まれたチトがそれを持っていて――。「ファンタジーですが、いろいろと考えさせられます」

    ◇

[PR]

Under the mat
東京都目黒区中目黒3-6-7 河田ビル2F


http://www.underthemat.jp/
写真特集はこちら

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!