ものはうたう

受け継ぐこと、切り開いていくことを教えてくれた形見の土鍋 山﨑瑞弥さん

  • 文・小澤典代、写真・篠塚ようこ
  • 2018年4月26日

 米農家、山崎瑞弥さんの大切なものは土鍋です。毎日の食事で欠かせない米を炊くための土鍋を、尊敬する方の形見として受け継ぎました。

 「今年2月に急逝された、料理家のフルタヨウコさんから受け継ぎました。まさか自分が頂けるとは考えてもいませんでしたが、ご自宅で形見分けの会が開かれた際、ご遺族の意向を受け、私が持ち帰らせていただくことになりました。それから、毎日使っています」

 フルタさんとは、公私にわたり親交を深めていた山崎さん。譲り受けたこの土鍋は、2013年に開催した「土鍋展」で販売されていた、陶芸家の山本忠正さんによる作品です。フルタさんはその展示会で、おにぎりをつくるワークショップを行い、山崎さんはトークゲストとして参加しました。

 「水彩画のような緑色を、フルタさんがとても気に入って購入されていたのを覚えています。私も一目でこの土鍋をすてきだなと思っていたんです。だから特別な縁も感じています」

 山崎さんにとって、フルタさんは多くの影響を与えてくれた人。ひとりの女性として憧れの存在でもありました。

 「フルタさんは、軽やかで、偉そうに振る舞うことがまったくなく、ハプニングが起こっても動じない、その場を楽しむ余裕を持った人でした。そうした姿から、特別なことをするのではなく、毎日繰り返される仕事や家庭での暮らしを大切にすることが、人生の軸になることを知ったように思います」

 フルタさんは山崎さんの田んぼの仕事の手伝いにも参加しながら、山崎さんに多くのアドバイスをしていました。「米農家だからできることをひとつずつやってみたら」と。そのひとつが「おいしいお米をおいしく食べることを伝える」でした。

 そして、「おいしいおにぎりをつくりたいなら、まずは400個おむすびを結びなさい」と教えてくれたのだそうです。

 「そうすれば、あんばいを手が覚えると。本の出版や外での活動に追われ、日々の食生活が乱れかけていたとき、家庭がちゃんと回っていないと感じていたとき、その言葉は、初心に帰ることの気づきにもなりました」

 米農家として、おいしい米をつくり、それを販売する。そこにある苦労を知って欲しいわけではないけれど、自分たちの仕事を発信することに気持ちが向いて、本来の主であるはずのご飯を炊くことが、疎(おろそ)かになっていた時期だったと、山崎さんは振り返ります。

 「あるとき、ふと気づいたら、子どもの元気がなく、自分自身もひどく疲弊していたんです。それで、とにかくご飯を炊き、気の利いたおかずがなくても丁寧におむすびを結びました。仕事から帰ってきて疲れていても、ご飯さえ炊けば何とかなる。それが支えにもなり、自分の人生が、ここにあると覚悟できたように思います」

 今でも、田んぼでの仕事が思うようにいかない日が続けば、ときには台所で涙を流すこともある。それでも食卓では笑って、ご飯炊きのなかで生活というものを知ったと語る山崎さん。その暮らしの中心に置かれている心の支えでもある土鍋を前に、新たな目標を教えてくれました。

 「フルタさんの志を継ぐなんて、そんな大それたことは言いませんが、おいしいお米の食べ方を、自分たちのペースで伝えることを続けていけたらと思っています」

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PROFILE

小澤典代(おざわ・のりよ)

小澤典代

手仕事まわりの取材・執筆とスタイリングを中心に仕事をする。ものと人の関係を通し、普通の当たり前の日々に喜びを見いだせるような企画を提案。著書に『日本のかご』『一緒に暮らす布』(ともに新潮社)、『金継ぎのすすめ』(誠文堂新光社)などがある。また、ブログ「小澤典代のいろいろ雑記」でも、気になるひと・もの・ことを紹介。
http://blog.fu-chi.main.jp/

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