鎌倉から、ものがたり。

32歳、三浦半島で小麦を育て、製粉してパンを焼く。「充麦」(前編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年5月11日

 光きらめく季節となりました。今回は鎌倉・逗子・葉山の少し先、三浦半島に足を伸ばしてお届けします。

    ◇

 左右にキャベツ畑が続く国道134号沿い。駅からは離れ、周囲に商店街もない場所に、「三浦パン屋 充麦」の店はある。ガラスがはまった木の扉を引いて店内に。パンが焼けるこうばしい香りとともに、バゲット、食パン、あんパンと、たくさんの種類が並ぶテーブルに目が奪われる。それ以上に「耳」を奪われるのが、JBLのスピーカーから流れるブラックミュージック。

「普通のパン屋さんとお金をかけるところが違う、とよくいわれます」

 と、店主の蔭山充洋さん(43)が笑う。

 蔭山さんは横須賀市の出身。中学時代からバンドを組んで活動し、高校卒業後は音楽の専門学校に通いながら、ドブ板通りにある外国人向けのバーでDJを務めていた。

「高校時代から昼の仕事をしたことがなかったんです。DJの仕事は好きだけど、25歳になったとき、昼夜逆転の日々を続ける気持ちにはなれなかった。じゃあ、何をしようか? 思案しているときに、テレビでパンとケーキの特集番組を見ることがあって、あ、すてきだな、と思ったのがはじまりです」

 実家近くのパン屋に入り、パンの作り方から問屋との付き合い方、経理の仕方など、経営に必要なひと通りを身に付けた。が、30歳でいよいよ独立が見えたときに、ふと立ち止まってしまった。

「まちを車で走っていると、1キロぐらいの間隔でパン屋がある。それほど当たり前の業態の中で、自分はどういう違いが出せるのだろうか。そこで、今度はバックパックを背負ってヨーロッパをうろうろすることにしたんです」

 フランスのアヴィニヨンに行ったとき、偶然知り合った日本人の男性が、「山の方に面白いパン屋がある」と、蔭山さんを案内してくれた。フランス人のご主人と、日本人の奥さんが営んでいる店で、ちょうどバゲットが焼きあがったタイミング。「このバゲットは、隣の農家が収穫した小麦でつくった」と説明を聞いたとき、目からうろこが落ちる思いがした。

「それまで僕の意識の中では、小麦粉は海外から輸入された製品を、問屋さんから買う、というタテの関係でした。でも、隣の農家から買うことには、ヨコの関係、つまり対等性がある。それを日本でやれたらいいな、と」

 幸運なことに、妻の利子さんの実家は三浦の農家。帰国後に早速、休耕地になっていた畑を借りて、麦づくりに取り組んだ。神奈川県の農業技術センターや、知り合いの農家に相談をしながら、国産小麦「ニシノカオリ」のタネをまく。最初は半信半疑だったが、2、3週間すると本当に芽が出て、畑に蝶が飛んできた。麦踏みをしていると、近所のおばあちゃんが「なつかしいねえ」といいながら、一緒に手伝ってくれた。

 最初の年は300キロの収穫。次の年には800キロ。当時はまだ、「世の中にパン屋さんは間に合っている」という迷いが胸中にあり、地元にあるホテルの厨房に勤めながら、畑仕事をしていたが、麦の収穫量が増えたことで、気持ちが変わっていった。

「自分がつくった小麦を、自分で製粉して、自分で焼く」。小麦を育てて3年目の2008年。自分ならではのパン屋の形態がようやく見えて、晴れて「充麦」を開業。蔭山さん、32歳のときだった。

(後編は5月25日公開予定です)

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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清野由美(きよの・ゆみ)

写真

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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