川島蓉子のひとむすび

<42>ひびのさんが、60歳を前にみつけたこと。「60(rokujuu)ひびのこづえ展」(前編)

  • 川島蓉子
  • 2018年5月23日

「60(rokujuu)ひびのこづえ展」展示販売風景。ひびのさんの作風は、大人のシックを感じさせる

 千葉県にある市原湖畔美術館で、6月24日まで「60(rokujuu)ひびのこづえ展」が開催されています。ひびのさんは、Eテレの番組「にほんごであそぼ」のセット衣装や、現代劇・野田秀樹さんの舞台衣装をはじめ、雑誌、ポスター、テレビコマーシャルといった幅広い分野で、活動を繰り広げているコスチュームアーティスト。一方で、オリジナルデザインのストールやポーチ、ソックスなども手掛けています。

 私は長年にわたって、ひびのさんのハンカチを愛用してきました。たとえば、ヴィヴィッドな絵柄が描き込まれたもの、色違いの布を二重に重ねてあるもの、プリントの刺繍(ししゅう)を重ねたものなど、ロマンチックなのに甘過ぎない、華やかなのに過剰ではない、独自の魅力を持っているから――。「“小さな四角い布の中で完結する世界”に面白さを感じ、少しの大胆さを盛り込みながら、長く使ってもらうことを意図した」という、ひびのさんの言葉通りだからです。

服はコミュニケーションツール

 そんなひびのさんの展覧会ということは、その世界観を、体と心で丸ごと感じられるに違いない、これは行かずにはいられないと思い、東京駅からバスで約1時間、市原湖畔美術館に行ってきました。名前の通り、小さな湖に面した美術館は、緑に囲まれた美しいたたずまい。こぢんまりしたモダンな姿が、キラキラ輝く湖面とマッチしています。

 館に入ると、地下1階と1階の2フロアにわたって、新作も含めた約50点の作品が。あるものは小部屋いっぱいに、あるものは大きな柱がすっぽり着ているように展示されています。

着てみると、独特の気分が味わえるドレス(写真提供:市原湖畔美術館)

 最初のサプライズは、入ってすぐの空間に置いてある2着のドレス。スカート部分が、ビニールの風船を連ねた造りになっていて、着たらどうなるのだろうと、好奇心が湧いてきます。実際、着てみることができるようになっていて、まとってみるとこれが面白い! 動きにつれて揺らぐ風船の群れは、プリーツスカートやフレアスカートが揺れるのとはまた違う、独特な心地を体験させてくれます。また、風船に入っているヘリウムガスの力なのでしょうか。身体が少し軽くなって、床から浮き上がるような、軽やかな気分になれるのです。

 どんな服を着るかで自分の気持ちが変わること、もしかすると行動も変わるのかもと、想像が広がっていきました。

「60」をシンボル的にデザインした展覧会のビジュアルも魅力的

 ひびのさんは、今回の展覧会のタイトルに、「rokujuu=60」という言葉を入れています。なぜなのでしょうか。「30代前にこの仕事を始めたときから、クリエーターとして、常に年齢の限界におびえてきたんです。おそらく30代の私だったら、60代の私を“時代遅れ”と馬鹿にしたかもしれません。でも、その60代を前にして、本当にやりたいことを見つけることができました。それは本当の服を着せる仕事でした」という思いを込めているのです。

 「私はこれまで、雑誌だとかコマーシャルのお仕事で、モデルさんをきれいに飾ってきましたが、もっと自分の服を通して、人と人がつながっていく。いわば服がコミュニケーションツールであることを、表現して伝えていきたいと思っています」

 確かに服は、ものの中で身体に最も近く、肌に触れる存在です。着ることによって、服の何かを自分が感じることもあれば、自分の何かを服を通して表現することもある。その意味で服は、人とコミュニケーションする存在です。そしてそれは、おしゃれ好きに限らず、誰にとっても言えること。

 「人が着て動くことで、はじめて成立する服というもの。それを介して人が会話したりつながったりすることが、もっと起きていくようになったらいい」と、ひびのさんは考えているのです。

 だから今回の展覧会も、メインは、ひびのさんの衣装をまとったダンサーがパフォーマンスする公演が、会期中に合計10回も開催されています。地下の会場では、毎日続けていくワークショップも行われています。入り口のショップでは、ひびのさんがデザインしたハンカチや小物などを買うこともできます。

舞台衣装として活躍した「一枚の布」シリーズ(写真提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)

 メニューは盛りだくさんなのですが、展示されている服の中で心惹かれたのは、地下の壁いっぱいにずらりと掛けてある絵のような布の群れ。一枚一枚に、細かいパッチ―ワークや刺繍が施されていて、絵柄の美しさはもちろんのこと、布と糸が生み出す立体感のある造作に、思わず見入ってしまいます。

 これは、野田秀樹さんの舞台衣装として作ったもので、小さく開けてあるスリットに腕を通すと、すっぽり身体を覆う服になるのです。これをまとったら、どんな見え方をするんだろう。それは舞台でどんな役割を果たしたんだろうと思いを巡らせました。

部屋いっぱいにひろがっている紅い風船の群れ(写真提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)

 また、1階奥の小部屋には、真っ赤なビニールの風船でできたテントのようなものが展示されていて、心臓の鼓動の音が流れています。作品のタイトルは、まさに「BLOOD」。裾をめくって中に入ってみると、人の身体に入ったような、あるいは胎児だった頃を思うような不思議な気分になりました。

 そして、地下から1階への吹き抜け部分の大きな柱が、人に見立てられ、白いブラウスを着ています。地下で行われているワークショップが進んでいくと、スカートの部分ができていくという面白い試みなのです。

 次回は、この展覧会のいわばメインディッシュである、ダンスパフォーマンスとワークショップについて触れたいと思います。

■60(rokujuu)ひびのこづえ展

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

写真

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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