川島蓉子のひとむすび

<43>服は、人が着てはじめて姿がわかる。「60(rokujuu)ひびのこづえ展」(後編)

  • 川島蓉子
  • 2018年6月6日

ダンスとともに動く服は、生き物のような美しさを放ちます(写真提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)

 前回は、千葉県にある市原湖畔美術館で、4月6日から6月24日まで開催されている「60(rokujuu)ひびのこづえ展」をご紹介しました。ひびのさんは、NHK Eテレの番組「にほんごであそぼ」のセット衣装をはじめ、幅広い分野で活動しているコスチュームアーティストです。

 タイトルにある「rokujuu=60」は、ひびのさんが「60代を前にして、本当にやりたいことを見つけました。それは人に服を着せることです」という意思を表したもの。特に「ダンスパフォーマンスは、私が最もやりたかったことのひとつでした」と、勢いのある言葉が飛び出しました。

 展覧会で、インスタレーションやワークショップ、トークショーなどが行われるのは、とりたてて珍しいことではないですが、会期中に10回ものダンスパフォーマンスが行われるのは、あまり耳にしたことがありません。ひびのさんは、なぜここにこだわり、どんな意図を盛り込んだのでしょうか。

 「その服が、本当はどういう姿をしていたのかは、人に着てもらってはじめてわかるもの。だから、展示されているだけの姿は、まだ生命が入っていない状態なんです」――服とは確かに、人と切っても切り離せないもの。もう少し踏み込んで言えば、人の動きと一体となって、服ははじめて、本来のあり方が見えてくるものかもしれません。ひびのさんにそう言われて、パフォーマンスというかたちで見せる意図が腑(ふ)に落ちました。

 会期中に、3つの演目が10回にわたって行われたのですが、私が見たのは「FLY,FLY,FLY」でした。取材前は、美術館のホールか小部屋を使って、展覧会とは分かれた場所でパフォーマンスが行われると想像していたのですが、これが大間違い。展覧会場の一隅が、そのまま舞台と観客席になるユニークな趣向だったのです。

「家」の作品群。ここがそのまま舞台に(写真提供:市原湖畔美術館 撮影:長塚秀人)

 開演前になると、さっきまで美術館だった空間が、パフォーマンス会場に様変わり。「家」と題された作品群が展示されていたコーナーが舞台に、その周囲に座布団や段ボールでできた椅子が並べられて観客席に――約170名の観客がぎゅっと一緒にいるワクワク感が場に満ちていったのです。

 そして登場したのは、ダンサーの島地保武さん。「家」という作品には、テーブルやライトスタンド、椅子をかたどった服が何点かあるのですが、それを一つひとつ、踊りながら身に着け、さまざまな動きを見せてから、今度は脱いでいく。鍛え抜かれた身体美と躍動美、オリジナルの音楽が一体となって繰り広げられる舞台に、観客はぐいぐい引きこまれていきます。

  

テーブル&椅子 作品は身にまとわれることで、生き生きと動き出します(撮影:上原勇)

 テーブルに見立てた服は、身体にまとわれることで「動くテーブル」にも、スカートにも見える。椅子に見立てた服は、人が座る見慣れたかたちにも、すっぽりかぶると、脚の付いたドレスにも見えてくる。道具として人とかかわる要素と、服として揺れたりなびいたりといった要素が、パフォーマンスを通して見えてくるのです。

 そして、動く服を見ながら身体の存在を感じ、踊る肉体を見ながら服のリアリティーを感じたのです。服を着ることは、その人を表現することにつながり、人の動きは服を生きているかのように見せることにもなる――そんな余韻が残りました。

会期中に徐々にできあがっていく、巨大な「人魚のスカート」(写真提供:市原湖畔美術館)

 「子供から大人まで、感動することがやりたかったので、赤ちゃんもOKで、泣いたり声を出したりするのもいいことにしています」とひびのさん。作品が動き出すさまに「わあ!」という子もいれば、近くに来たダンサーの揺れる衣装に触りたくて手を伸ばす子も。その素直さややわらかさが、周囲の大人たちに伝わっていって、場の自由さが拓(ひら)けていくように感じました。

 また、地下で行われている「人魚のスカートのワークショップ」は、参加者が、小さな布を縫い合わせていって、大きな柱をぐるりと包むスカートを作り上げるもの。ここも、子どもも大人も一緒になって、おしゃべりしながら布を選び、縫っています。

 「服というアートを介して、地元の人を中心に、たくさんの人がコミュニケーションするための場づくりを、もっともっとやっていきたい」というひびのさんの意思が、まさにかたちになっているすてきな場と感じ入って、美術館を後にしました。

■60(rokujuu)ひびのこづえ展



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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

川島蓉子

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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