鎌倉から、ものがたり。

小麦も野菜もスムージーも三浦産。週末限定「みやがわベーグル」(前編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年6月8日

 鎌倉から逗子、葉山を抜けて三浦半島を南下する。半島の突端を通る県道215号線から、眼下に魅惑的な湾の光景を望む場所がある。眺めにひかれて横道を下りていくと、たどり着くのは、宮川湾の端に位置する宮川港。ひっそりとした入り江の先に、深い青をたたえた海と、雲が湧きたつ空が広がる。

 そんな秘密めいた場所を舞台に、週末の午前10時から午後3時まで、曜日&時間限定で開いている店が「みやがわベーグル」だ。

 名前の通り、売り物はベーグル。白いタイルのカウンターには、ふっくらと焼きあがったベーグルと、クリームチーズ、そしてトッピングがカラフルに並んでいて、その様子を見るだけでワクワクしてしまう。

 ベーグルは三浦産の小麦で焼いた「充麦」製。ピンク、ベージュ、グリーンと色とりどりのクリームチーズには、三浦で採れる野菜を練り込んでいる。さらに飲み物メニューのレモネード、ジンジャエール、スムージーも材料は三浦産と、店頭はオール三浦半島のラインナップだ。

 開業は2016年5月。みやがわベーグルの経営者のひとり、岩崎聖秀さん(41)は、「なんでこんなところに? という声を、聞き続けてきました」と笑う。

 岩崎さんは三浦半島のほぼ真ん中にあるゴルフ練習場「湘南衣笠ゴルフ」(横須賀市)の二代目経営者。海と空、大地に恵まれた地元が、時代の流れの中で衰退し、空き家が社会的な問題になっている状況を、何とかしたいと考えてきた。

 「いい建物が空き家になる一方で、大型ショッピングセンターやタワーマンションがむやみに目立つ。利便性は確かに大事ですが、地域のよさが失われていくことは、とてもつらいこと。僕は『便利』とはまったく逆のことをして、それでも成り立つことを証明したいと思ったんです」

 周囲には同じ気持ちを持つ仲間がいた。「充麦」店主の蔭山充洋さん(43)と、建築家の福井信行さん(42)だ。同世代の彼らと意気投合した岩崎さんは、「空き家を再生して、楽しいことをやろう」と、プロジェクトをスタートさせる。

 築50年の木造の元・釣り具倉庫に決めた理由は、「候補物件を4、5軒回った中で、いちばん商売に不向きだった」からだ。

 その縁で、釣り具倉庫の大家さんの息子で、公認会計士の高梨善裕さん(39)も、チームに参加。経営者の岩崎さん、パン職人の蔭山さん、建築家の福井さん、会計士の高梨さんと、4人のスキルが集結したことは、まさに地元ネットワークの力だ。

 プロジェクトでは、個人がはじめられる「小商い」の参考になるように、お金をかけない開業にこだわった。

 場所も不便なら、営業時間も不便という形は、金銭的にも、時間的にも、「これが精一杯」というところから逆算したもの。しかし、ここまで振り切ると、不便さ、異例さが、逆に発信力に結びつく。みやがわベーグルは開業直後から、予想を超えた売り上げを達成した。

 「通常の店舗経営の常識からは全部はずれている店です。それでも2年がたって、この形で続けていける、と自分たちの試みを信じていけるようになりました」

 そう話す岩崎さんが、みやがわベーグルで「最も大きな出会いだった」とするのは、店長の蛭田奈奈さん(39)の参加だった。

(後編へつづく~6月22日公開予定です)

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

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ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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