てまひま

「現代人って実は暇?」山梨県で微生物と暮らす発酵デザイナー・小倉ヒラクさん

  • 文・西島恵、写真・島村緑
  • 2018年7月19日

  

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回は、小倉ヒラクさんです。

生粋の“シティボーイ”から山奥で微生物の研究に勤しむ“発酵デザイナー”へ

 

“発酵デザイナー”として国内外の発酵文化を探求し、みそ作りなどのワークショップを各地で開催している小倉ヒラクさん。

もともと東京生まれ、東京育ち。「学生時代は週3回、渋谷のクラブで遊ぶパーティーピーポーだった」と語る小倉さんは、グラフィックデザイナー時代に担当した仕事がきっかけで発酵の世界に魅せられるように。現在は「ガチで微生物と暮らすため」山梨で暮らしています。

「移住したのは3年くらい前。発酵の世界に入るきっかけになった五味醤油さんやワイナリーも多い甲府盆地周辺はいい水が湧いていて、風通しがよく、四季の寒暖差もある。菌や微生物を育てるのにうってつけの環境なんです」

  

発酵の世界を知って「あまり無理をしなくなった」と小倉さん。

「たとえば日本人だと平日は朝から晩まで働いて、土日は休みというライフサイクルの人が多いじゃないですか。でも、微生物は特にオンやオフがなく、ちょこちょこ働いて、ちょこちょこ休むという感じなんです。僕も外側の世界にあまり影響されない、生物的な時間軸で生きるようになりました」

  

今は「秋から春先くらいまでは自宅にこもって仕込みや研究。暖かくなると山をおりて人前に出て、イベントやワークショップをしています」と、微生物に合わせた季節労働者のような生活。自宅ではみそや麹はもちろん、パンにキムチ、ヨーグルトと発酵食品なら何でも仕込むのだとか。

「ワインづくりにも興味があって、最近はぶどうも育て始めました。今はまだ育て始めだからいいけど、来年からは暖かくなるとぶどうの世話をしなくちゃいけないから、もう人間界に姿を見せられないかもしれませんね(笑)」

  

文化を単に継承するのではなく時代に合わせて意味をアップデート

  

みそ作りなどのワークショップには、2011年の東日本大震災以降、若者の参加も目立つようになり、最近では実に多彩な顔ぶれが集うそうです。

「昔から来てくれているようなオーガニック系の人もいらっしゃいますし、巻き髪のキラキラ系女子やイマドキ大学生の女の子、超ITオタク男子など、本当に層が厚くなってきましたね」

いろいろなバックボーンを持った人たちが集うぶん、「みんなが必ず何か持って帰れるように、いろいろなレイヤーで発信することを心がけている」のだとか。

「地域やコミュニティーでみそを仕込めばみんながもっと仲良くなったり、『おもしろいから来年もやろう』というふうにコミュニティーのハブになることもあるし、みその原料を通して農作物のことを知り、日本の農業について考えるきっかけにもなる。発酵というツールはとても具体的なサイエンスでありながら、同時に実践的な思想でもあって、その幅の広さゆえにその人に刺さるポイントが必ずどこかしらにあるんです。

  

単に伝統のみそ作りを今までのように伝えていこうというスタンスだと、天然記念物のようになってしまって、生きている文化じゃなくなっていく。受け継いできたレガシーを消化しながら、時代に合わせて意味をアップデートすることが大事だと思っています」

“自分と違うルール”で動いているものと向き合い世界の捉え方を変える

  

何かと時短や効率化が求められる現代において、菌や微生物の力にまかせてゆっくりと進んでいく発酵は、ある種対極の世界。「時間がかかるから短縮しようとか考えると、発酵の良さは消えていく」と小倉さん。

「僕、現代人って実は暇なんじゃないかな?と思っていて。都会に生きていると頭脳労働が多い。つまり考えることが仕事になっているんだけど、答えが出ないようなことをぐるぐる考え続けていたりするだけだったりする。だから何かをやっているようで何もやってない。そういうふうに考えてばかりだと人間って病んでいくんですよ。抽象的な世界に生きすぎると、だんだん自分が何者かわからなくなるから、自分探しをしたり、コミュニティーを求めたりしてソーシャル迷子になっちゃう。実際、東京で働いていたときの僕もそんな感じでした。

だから凧(たこ)の紐(ひも)のように、自分と現実世界とをつなぐものが必要になる。それは現実的であればあるほどいい。それが僕の友達だと農業だったり、陶芸だったり、僕の場合は発酵なんですよね。

『みそやサイダーを仕込みましょう』ってすると、人間じゃない世界が自分の生活に入ってくることになる。仕込んだ瓶の中がぶくぶくしてきたり、だんだんいい匂いがしてきたりと、自分と全然違うルールで動いているものと向き合っていると無心になれるし、世界の捉え方も変わるんです」

  

小倉さんいわく「手間と時間ばかりがかかる」発酵の世界。しかし、その世界に触れることで、「目に見えないものを信じるということが初めてわかった」「何もないと思っていた土地がこんなにも豊かだということに気づいた」など、多くの人が気づきを得ていると言います。

「最近僕がオススメしているのが、旅に出たらその土地の蔵に行くこと。日本は土地ごとに微生物の生態系もかなり違っていて、各地に独特な発酵食品がたくさんあるんです。蔵に行けばその土地のことがすごくディープにわかる。そして、その様子を友だちやSNSで『こういうおもしろいものがあるんだよ』って広めていくといいんじゃないでしょうか」

目に見えないものを相手にし、文字通り自然とともに暮らす小倉さん。ときに不便だったり、思い通りにならなかったりすることさえ楽しむ姿に、私たち現代人が忘れがちな心の在り方を見たようでした。

  

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小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発やワークショップなどを行う。著書『発酵文化人類学』(木楽舎)はニッチなテーマながら売り上げ3万部を超え、海外での翻訳出版も予定されている。

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