東京の外国ごはん

ただ肉を焼いただけなのに!? 東京で唯一のパラグアイ料理 ~レストラン アミーゴ

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2018年6月27日

お店自慢の「アサード(骨付き炭火焼きステーキ)」(1700円)

東京で唯一のパラグアイ料理店があると聞いて、さっそく向かったのは、赤坂にある“Restaurant Amigo(レストラン アミーゴ)”。赤坂駅から徒歩2、3分の繁華街のど真ん中にある。

パラグアイは南米大陸の中心にある小さな国で、ボリビアとブラジル、アルゼンチンに挟まれた内陸の国だ。面積は日本と同じくらいで、人口は685万人。海がなく、産業の中心は農業。肉をよく食べるという。

レストラン アミーゴは「家庭的な南米パラグアイの店」と書いてある通り、韓国系パラグアイ人の林京徹(リン・キョンチョル)さん(67)とパラグアイ人の妻、ルイサ・アクニャ・リンさん(55)のご夫婦が厨房(ちゅうぼう)に立っている。

パラグアイ名物のアサード(肉の炭火焼き)はリンさんが、その他のお料理はルイサさんが担当している。とにかくお肉がおいしいと聞いていたので、肉料理を中心に注文をすることにした。

牛肉のエンパナーダと鶏肉のエンパナーダ(各400円)

まずいただいたのは、牛肉のエンパナーダと鶏肉のエンパナーダ(各400円)。エンパナーダは南米大陸では一般的なスナックで、パイ生地で具材を包んでオーブンで焼いたり揚げたりしたもの。国やお店によってちょっとずつ味が違うが、パラグアイでは揚げることが多いらしい。アミーゴのエンパナーダは比較的小ぶりだが、ナイフを入れてびっくり! 豪勢な量の肉がびっしりと詰まっていた。そして、そのジューシーなこと……! 肉汁がじゅわっとパイ生地からあふれだし、塩気とうまみのバランスがたまらない。ついついおかわりしたい欲望にかられてしまったが、まだまだスタートしたばかり……。今日はここでぐっとガマンとした。

さて、次に出てきたのが「マリネーラ・デ・カルネ」(950円)。パラグアイ以外ではあまり食べられない肉料理だ。名前の通り、たたいた牛肉を酢、ニンニク、塩、コショウで味付けをして一晩マリネにし、その後、小麦粉、牛乳、卵を混ぜた生地につけてフライパンで焼く。肉に味がしっかり付いているうえ、衣でボリュームが増しているので、一皿食べたらお腹いっぱい。現地ではパンケーキのように何枚もお皿に重ねて出すという。

「マリネーラ・デ・カルネ」。パンケーキのようだが、中は肉

そして最後はお待ちかね、お店自慢の「アサード(骨付き炭火焼きステーキ)」(1700円)。見た目からしてどーんと豪華で、香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。さっそくナイフで切り分け、口に入れてナットク。パワフルで弾力のある肉らしい肉が、元気よく口の中で弾け、さーっととける。たしかにこれはおいしい。思わず「おいしいですね!」と厨房に声をかけると、ルイサさんが答えた。

「ただ肉を焼くだけなんですけど、作る人によって本当に味が全然違うんですよ。塩加減とか火を入れるタイミングだとか、シンプルだからこそちょっとしたことで味が変わるんでしょうね。うちの夫が焼くのはなぜかおいしいの」

聞けば、以前東京にいた駐日パラグアイ大使もここのアサードの大ファンで、パラグアイに帰ってからも、「リンさんのアサードが、どこよりも一番おいしい」と言ってくれたという。

アサード名人のリンさんの出身は、韓国南部の旧馬山市(マサン)だ。20代のときはソウルに住み、7年間大韓航空でアシスタントパーサーとして働いていた。仕事柄、アメリカやアジアなど海外にはあちこち行っていたし、兄弟が日本にすんでいたことから、日本にもしょっちゅうきていたという。

しかし、30代はじめにスパッと仕事を辞め、パラグアイに1人で移住してしまった。しかも、それまでパラグアイに行ったことはなかったのに。なぜそんな大胆なことを……?

「それまであまりにも忙しかったので、違う国に行ってのんびりしたかったんです。仕事であちこちの国に行きましたが、先進国はどこも忙しそうだったので、まったく惹(ひ)かれなくて。それで、なんとなく南米を調べてみたら、広大な大地なのに人は少ないし、食べ物もおいしそうだったので、いいなあと思って。パラグアイにしたのは、南米大陸の中心にあったから。北にも南にも行きやすいかなと思ったんです。それで、会社勤めをしている間に永住権をとって、最初から住むつもりで行きました」

まずは体当たり「なんでもやってみないとわからないから」

1984年、リンさんは単身パラグアイの首都、アスンシオンへ渡った。はたして……アスンシオンは予想以上に“最高な場所”だった。

「当時はまだ軍事政権でしたが、政治はすごく安定していて治安がよかったですね。行ってみたら韓国人も多いし、こんないい国があったんだなあと思いましたよ。食べ物も安くておいしくて。韓国では高くてあまり食べられなかった肉も、パラグアイなら毎日食べられる値段でした」

韓国にいたときとは生活が全く逆になった。韓国で高かったものはパラグアイでは安く手に入るし、あくせく働いていた毎日はゆったりとしたリズムに……。昼にはシエスタが3時間もあって、一日中働き詰めの人はいなかった。週末にもなれば、友達とゴルフへ行ったり、魚釣りに行ったり、サッカーをしたり、友人を家に招いてアサードを焼いたり。飲んで踊って月曜日を迎える、というサイクルが楽しくてしょうがなかった。

行ったこともない遠くの土地に移住することに不安はなかったのだろうか。そう聞くと、リンさんからは「全然」という答え。当初はスペイン語もできなかったが、「なんでもやってみないとわからないから」と、体当たりでまずは現地へ飛んだ。そういった思い切りが、幸運を運んでくるのかもしれない。

仕事は、何のあてもなかったにもかかわらず、リンさんはすぐに自分の事業を始めることができた。というのも、カトリック教会で知り合ったある韓国人がワイシャツを作る仕事をしていて、彼がワイシャツの作り方を教えてくれたのだ。仕事の相談をすると、シャツの型までくれた。リンさんはそれを使い、自分で工場を作って事業をスタートすることができた。

その後、1年ほど経つと今度はアスンシオン郊外へ引っ越し、そこで新規事業として、ライブミュージックを聞けるレストランを開店した。現地の人を雇い、そこでリンさんも少しずつパラグアイ料理を覚えていった。

宇都宮から東京・赤坂へ

店は3年ほど続いたが、オーナーが建物を売ることになり、残念ながら出て行かなくてはいけなくなった。そこで、再びアスンシオンへ戻り、また同じような店を出した。

その頃すでにルイサさんと結婚し、子どもも授かった。お店は夫婦2人で切り盛りし、加えて、家では食料品店も経営し、さらにリンさんは市場で卸業者の仕事もしていた。そんな風に1人で何役もこなしながらも、のんびりとした空気の町でパラグアイ生活を楽しんでいた。

そんな暮らしに変化が訪れたのが2001年のことだった。日本の宇都宮市に住んでいるリンさんの母親とお兄さんから「母の体調がよくないので、看病するために日本にきてくれないか」と連絡があった。

幸いリンさんの子どもたちも大きくなっていたし、日本に行けないこともなかったので、リンさんがまず1人で日本へ渡り、兄の住む宇都宮で母の看病をしながら、働くことになったのだ。しばらくはお兄さんが紹介してくれた仕事をこなしながら、母親の看病をしていたが1年後に亡くなってしまった。

それから3年後、リンさんはルイサさんと長女を呼び寄せ、今度は宇都宮でパラグアイにいた頃のようにレストランを開くことにした。パラグアイ料理と韓国料理の店だった。レストランはテレビなどでも取り上げられて評判をよび、なんと11年3カ月も続いた。

オーナーの林さんご一家

そして、2015年、いよいよ東京・赤坂へ。その理由は、「ただ挑戦してみたかったから」というリンさんらしいシンプルな理由だった。とはいえ、宇都宮から東京に出てきたとき、すでにリンさんは65歳だ。普通ならなかなか思い切れないだろう。

「宇都宮のお店をやっていたとき、お客さんに『とってもおいしい!! どうして東京でやらないの?』とたくさんの言葉をもらいましたが、東京は家賃が高い上に競争も激しく、なんとなく怖いというイメージがありました。でも、娘が東京に出たので、何度か遊びに行くうちに、もしかしたら自分たちでもできるかもしれないと思うようになりました。一度そう思ったら、やってみたくなっちゃって」

思い立ったが吉日。やりたいことはまずやってみる、というのは、若い頃パラグアイへ移住したリンさんの“才能”なのだろう。

知り合いのツテもコネもない東京で、たまたま見つかったのが赤坂のど真ん中にある物件だった。韓国系のお店が多いというのは開店してから知った。

今年の11月でオープンから3年を迎える。「東京で唯一のパラグアイ料理店」として、口コミで着実にファンを増やしている。いつかパラグアイへ帰る日もあるかもしれないが、新しい挑戦をし続けるリンさん夫婦はとても生き生きとしていた。

>>「レストラン アミーゴ」のフォトストーリーはこちらから

■Restaurant Amigo (レストラン アミーゴ)
東京都港区赤坂2ー13ー17 シントミ赤坂第2ビル 2F
電話:03ー6441ー2717


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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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